まるちめ日記/MARUTIME DIARY



(株)毎日コミュニケーションズ発行「CD-ROM Fan」誌に1995年10月の日記から毎月連載させていただいております中ザワヒデキ「まるちめ日記」のバックナンバーを、同編集部のご好意により、ここに公開いたすところのものである〜

[最終データ更新日:97.03.19]
なお、ここにアップされていない新しい日記…97年01月の日記…は、97年3月19日現在発売中の「CD-ROM Fan」誌97年4月号をご購読くだされば幸いに存じ候。

もっと新しい日記…97年02月の日記以降…も、順次ちょっとずつ遅れながらアップされてく予定です。ちなみにこのページはいずれ日記に付けてるビジュアル等もアップしたいと思っとるところ。いずれはこの日記、データベース化してみたいという野望もあるです。なほここのページ、某誌印種日記特集で好意的にご紹介いただき、まことありがとございます〜謝謝>下関マグロ氏。



●まるちめ日記バックナンバー

| 1995年10月のまるちめ日記(95.10.01〜95.10.31) |
| 1995年11月のまるちめ日記(95.11.01〜95.11.30) |
| 1995年12月のまるちめ日記(95.12.01〜95.12.31) |

| 1996年01月のまるちめ日記(96.01.01〜96.01.31) |
| 1996年02月のまるちめ日記(96.02.01〜96.02.29) |
| 1996年03月のまるちめ日記(96.03.01〜96.03.31) |
| 1996年04月のまるちめ日記(96.04.01〜96.04.30) |
| 1996年05月のまるちめ日記(96.05.01〜96.05.31) |
| 1996年06月のまるちめ日記(96.06.01〜96.06.30) |
| 1996年07月のまるちめ日記(96.07.01〜96.07.31) |
| 1996年08月のまるちめ日記(96.08.01〜96.08.31) |
| 1996年09月のまるちめ日記(96.09.01〜96.09.30) |
| 1996年10月のまるちめ日記(96.10.01〜96.10.31) |
| 1996年11月のまるちめ日記(96.11.01〜96.11.30) |
| 1996年12月のまるちめ日記(96.12.01〜96.12.31) |




●まるちめ日記リミックス(純文学作品)
以下は、96年2月のマックエキスポでCD-ROM Fan編集部等の(株)毎日コミュニケーションズのブースで売られた商品CD-ROM内に収録された、「まるちめ日記リミックス」の、テキストのみのバージョンです。どうぞご一読ください。

95.10.01(日)昨日はエレクトロニックカフェにてEXPO+中ザワの「ヘアライヴ2」だったため、とにかく疲れているのだがどうもうまくいかない様子。しかしとりあえず、内臓HDはバリの空港名を記念して「でんぱざる」と命名。電波系です。しかも飛行機内でもらった、とても昼前には起床。精いっぱい散らかってる機材をつなぎなおし、うんと延ばして今日締切とかされ、原稿一式なくされてしまったとのこと。そして僕のハードディスクからそのデータをつかのともとみやが探しだし、FP510でプリントアウトし、でも仕方がないのでご苦労さまでしたと礼を言う。「しばらく食べられなくなるから」と、煮物などを久々にバイオリンの西田氏はNHKの仕事で1年間エジプトに行ってしまうとのこと。これでまた1年、SYZYGYSも見納めです。ちなみに「スモウ」CDのオビには「中ザワヒデキのフロッピーアニメ・オマケ券」がついてて、CMYK変換の色の悪くなり具合を大変気にされていたけど、全然これなら大丈夫ですよ>担当氏。また、いちいち数字や欧文の一部を縦書き用に打ち直してくれているみたいで、しかしこのページ、どのくらい読者が読んでくれてるのだろーか? 玄光社の来年度のイラストレーションファイルに掲載してもらう図版を決めて、用意してくれている。内容的にはかねてからのタワシの持論であるところの「20世紀芸術は繰り返す」史観と、ガロ誌に以前連載していたところの長大文章「新大陸論」「デスクトップ・オブジェ論」「想う芸術」等が中心で、「アイコン限界フロッピー」や「動かないキューティマスコット56発!」の自炊。95.12.09(土)朝7時すぎにもとみやは成田に向かって出発。タワシはちょうど一週間後にところがそのナンカロウとクセナキスを意識していたのだけど……)。曲はすでに知っているのだが、こんなロール紙だったのか! 瞬目する間も惜しい。休憩の後はピアノ生演奏で、最初に「ピアノロール時代後」に書かれた、アーシュラの委託で書かれたカノン。折角探し出したデータが間違ったTELあり、なんとマルチメグランプリの結果がもうわかったとのこと。KIDS BOXじたいは教育部門賞でも通産大臣賞でもなく、しかしなんと中ザワヒデキが、いきなり制作者賞の最終審査にアニメ仕事用に使ってたのだが、またいつトラブるともしれないのでこれもきれいにバックアップ。バッハの2声のインヴェンションの第2番がまあまあ95.10.09(月)もとみやが忙しいので朝は開催が危ぶまれていたが、JAT・商品会議を久々に行う。その後つかのが、データだったとか、いろいろいろいろ大変だったらしい。そのせいで昼は大変仕事に支障があったのだなどと言95.12.02(土)7:45amに経堂駅改札で浅川くんと待ち合わせて、今日は東京家政大学で特別講義。中・高の同級生だった彼は芸大卒後、今は同大学で近代デザインの講義を受け持っている。タワシには拙著「近代美術史テキスト」をもとにちょっと話して、ちょっとCGの作品も見せてくれとのこと。場所は埼京線の板橋の、短大の方で、なんだかネットでは一人称は「タワシ」としてるが、日記も「タワシ」で大丈夫だろうか? また、自宅兼自社のアロアロインターナショナルのことは、どのくらいまで「暗黙の了解」で書き始めてしまっていいものやら? バイト終了帰社後、アンサンブルってのはやはり面白い。考えてみればヒンドゥー文化圏って初めて。京浜兄弟社系のショップのネット)に入っていろいろと書き込みしているあいだに時間がたってしまい、最近「大学教授監修のまっとうな教育ソフト」とか、「グラフィックは中ザワヒデキ」とか各誌に書かれていて、なんだかアイディアも発案もすべてタワシ(とプログラマーの井上氏)なのだってことが少々予定出発時刻を遅れてもとみやと車で出発。今日はずいぶん前からわれわれ夫妻が計画していた、もとみやの母と妹の誕生日にかこつけた、もとみや家サービスドライブなのです。甲州街道のかなりの渋滞に閉口しつつ、PowerBook520cの充電は、締切をなんとか延ばしてもらっていたジャストモアイ誌のMOAI PLAZA(という、CD-ROMレビューとは別のページ)の扉絵。マウスによる石膏デッサンのつもりの今回のイラストを最後に、なんだか3〜4年はやってたこのMOAI PLAZA扉絵の仕事は今回が最終回。おつかれさま>担当の方々&タワシ。95.11.05(日)朝から洗濯・洗い物等家事をしてたらキノクリニック氏よりTELあり、話をよくよく聞いたらPICTのRGBとDTPでのCMYKの話、ならびにモニター内のdpiとプリンタならびに印刷の場合のdpiの問題の話で、つまり常日頃からタワシが問題意識をすっごく持ってる事についてだった。その辺の問題は何もわかってないアドビ社と、問題のありかをあまり理解してないデザイナー達のせいにすべて帰される「16階調グレイスケール表示」の文字。しまった! いくらワープロ用とはいえモノクロはすでにあるPowerBook100で十分なのだ。慌ててソフマップに電話し、明朝に、例の520cに取り替えてもらえることになった。やれやれ、タワシも大ボケかましてしまたっ(^^;) そのあとほぼ徹夜でジャストモアイ誌用にCD-ROM「荒俣宏監修・遠近術」のレビュー書き。そう言えば今晩のジャストシステムの忘年会は、多忙&ちょっと風邪ぎみにて失礼してしまいました。95.10.11(水)メディアボックスで焼いたCD-ROMが若干速くなっているので驚く。さすが定評のある焼き屋らしい。テレビぴあの宮内氏が午後4時にイラストの打ち合わせに来アロ。先見ゼミ黒ペソ問題の答案返却&解説解答。今回はただのダジャレ的問題で簡単だったせいか、結構回答者数多し。あっそうそう、飯野さんが受賞の言葉の最後にちょろっと「高城剛と言われないようにがんばります」と言ってて、なかなかヤルな〜と思いました。また、MMA会長作品賞ってのもあってそれは外人のボディのCTスキャンCGビデオ?が取ってましたが、それもオモロイ作品でしたね。狸穴のサルブルネイの新居での、サルブル引っ越しパーティーに直行。ほんとは今日の日中、サルブル主宰のソフトボール大会でアロアロは挑戦を受けていたのだが、もとみやもいないし中ザワは眼科だしでアロアロチームは出ず、マニュエラチームとボストークチームがサル組と戦っていたのだった。サル組の圧勝だったらしくて、さもありなん。個々の作品部門での弾けるようになってきた。夜は昨日に引き続きもとみやのデータチェック。通産大臣賞と双璧にならぶ、アーチスト部門でのマルチメディア協会会長賞(MMA会長賞)というのがあるらしくて、そちらも最終選考にたどり着くまでは相当たいへんなのだそうだけど、いきなり最終選考にノミネートされたかんじらしいっす。とくに「風船のワルツ」とか「雪のオルゴール」の細かい音のツクリとか仕組みを細かく質問されて、かなり興味を持っていただけたようでした。大きな会場一杯の審査員の前でデモをしなきゃいけないらしい。ってわけで、トホホなことに、今後中ざわの肩書きはマルチメディア・アーティストなのだろうか(がーん)。一路下田へ。中ザワは松前&真奈美さんの車にお世話になる。山口くんカーには山口&みちきん氏と、とやまん氏と大岡くんだ。名目は「ヘア反省合宿」で、今月初旬にやるはずだったもの。道は結構意外と時間かかって、朝4時過ぎ下田邸着。バブリーチックなところもあり、温水シャワー付もあるにはあるが、ストーリーものもここまで行けばいいなぁと。開発した(株)ワープの社長の飯野さんは、「かっこうの巣の上で」のラストシーンに一人去っていくあの長髪の大男そっくりの風貌です。値段にではなくどうも雰囲気的にタワシは満足いかない。一箇所とても気に入ったところがあり、そこは白人客も逗留してたりするバンガロウなのだが、なにしろ建物や庭や、宿の人達の感じがいい。しかし温水シャワーなし。ククリとかジャンル分けとか、つまり言葉に負けたってかんじですね。しかし審査員もそれで困ってしまってなんとかスクッてくれようとして、いきなりアーティスト賞部門のニュアンスでもなかったでした。また、もはやタワシが出かけていってプレゼンする事も無かったでした。)午後、もとみやのフロッピー「解剖日記」を科博で売るに当たって、献体に関する法律を調べる必要があり、久々に大学時代の法学部の友人の桜田さんにTEL。ビッグなとこにノミネートしてくれたってかんじでしょうか?? てのがタワシの現段階での状況解釈。[ペースト終わり](注:この解釈はちょっと間違ってたことがあとから発覚。すなわちアーチスト部門というものがあるわけではなく、推薦による制作者賞というワクが別にあり、特に会長賞を決める首都高は大渋滞。帰社したらタモリファンのまえだが、つかのと盛り上がっていて、とゆーのはタワシがひそかに集めている「そらみみ・リスト」の存在が2人のあいだで話題になってたかららしい。デヴィッド・バーンやB-52'sに始まり、KLFやDAF、「No, thank you!」で振り切っているうちに、なんだか自分の名前はミスター・ノー・サンキューだったのではないかと思えてきてしまった。そうもとみやに話したら、では「No!」だけ言えばいいとのこと。しかし、それでは唯ノー論になってしまうではないか95.11.21(火)朝日パソコンのイラスト、V-JUMPのイラスト。つかの、プレゼンビデオに入れたいと言うので、ヘアライヴのビデオ一式を夜EXPOの山口君のところに受け取りに行く。みちきん(山口氏妻)ととやまさんもいて色々話す。もすけさん(山口君と「もすけさん」というEXPOとは別のバンドをやってる、もすけさんという芸名の人)の昆虫好きという話でチョー盛り上がる。すなわち彼は幼少のみぎり、ホンモノの帰路、赤坂ツインビューで「アジアのモダニズム」展。しまった。一般誌のアート欄なのに。95.11.27(月)午後遅くやっと「太陽」誌レビュー書き上げ、夜は今日はアロアロのもろもろおつかれさま&ちょっと早い忘年会at「元祖日の丸軒」。最近は風前の灯火だったがやっぱり? その後、木場のMOTで「レボリューション/美術の60年代 ウォーホルからボイスまで」展。文芸春秋の「文学界」に取材(?)記事を書くため。初対面の担当氏である渡辺さんは、ガロの細かい字のタワシの連載を2倍に拡大コピーして愛読してくれてたとゆー、なかなか奇特な人物。展覧会は貴重な作品が目白押しでなかなか良好。同館のショップで、ポストカードを納品しに来ていた名目は「上野の国立科学博物館の人体展展示おつかれさま(昨日26日で終了)」どれもレビューするにはちょっと不向き。帰社したらつなげたばかりの新ハードディスク「乳うん」が壊れてて困る。どうやらハード的な別の部屋にはどうやら、さっきまでわれわれだけかと思ってたのに別の日本人が入居してきた様子。95.12.21(木)6:00amにドルフィン・ウォッチングの迎えが来ることになってるのだがあいにくの雨。でも空を見たら晴れ間もあり、雨も止んできたので行くこ吉祥寺の眼科後、SHOP 33に行き、やっと新価格商品を納品。夜、急に思い立ち、「BEST OF STRAVINSKY」テープをウォークマンor普段用に作ってしまった。登山客のあまりにも多さに驚愕。われわれは夜行登山だったのでとても山頂でゆっくりできたが、あれでは決して広くない山頂が超満員で順番待ちだろう。紅葉の季節の絶好の連休とはいえ、こんなに人気のある山だとは知らなかった。下山し、まっすぐ帰る予定が中央高速談合坂ドライブインで、BESTと言っても3大バレエは入れずに、晩年の12音技法作品中心の選曲。これらはストラビンスキー自作自演CD全集だと、超ハマッたって言ってたのって、これか! 初体験だったが、何度でもやりたいもの。しかしタワシももとみやも1回ずつで今日の所は満足する事にして、その後はアニョムくんのボートでシュノーケリング&「亀の島」ツアー。出発した途端、物売りの人達は、結構みんな日本語を喋ってくる。まったく買う気はないのでことごとくずいぶんな距離を炎天下歩いてしまったので、帰りは幹線道路でベモ(現地の人達の使う乗り合いバス)をつかまえ、一人200Rp.で出て喜んでいたのもつかのま、また陽が陰り、寒くなる。おまけに風が強く波をかぶり、どんどん寒くなる。海上はあれよと9:00過ぎにParmaに戻る。昨晩寝違えてしまったのか、首筋も痛い。この、首筋痛めるってやつは持病チックかもしれなくて前回はヘアライヴの前だったから9月以来だ。マンディ(シャワー)場のタイルを見ているうちに作品アイディア浮かび、ゆーまにわれわれのような急に曇ってきて寒くなってしまった。沖合いのシュノーケリングポイントは海草が多く、珊瑚も壊れてる。亀の島は予想通りヒドイもので、かわいそうなウミガメと蛇とフルーツこうもりがいるだけ。朝一で萩デザイン室の荒木さんがDoCoMoイラストの受け取りに来アロ。無事Parma着。その後まるちめ日記が、やっと今日のとこまで追い付く。いつの間にかParmaも混んできていて、となりの空部屋には元気な白人おばさんが2人入居してきた。とにする。海上で日焼け止めクリームを塗ったり、きれいな虹が大岡君には午前だけ来てもらってヘア関係のビデオをチェックしてもらい、彼には今晩アスクでビデオ編集をやってもらうという段取り。午後、メディアダイレクトCD-ROMマガジン編集部の山本さんご一行が見えて、出品してて(去年はPOP UP COMPUTERで通産大臣賞)、協会の人に「いやあ、本田さんが来ないとはじまらないっすよー」みたいなこと言われていてかなり山本さんがイタク感激されたというキッズボックスにかこつけて、今度はタワシに関する取材。ただ、細かいウッカリバグ以外には一箇所だけ、「お金じゃらじゃら」のみカラーサイクリングを切って、そのかわり反応を早めてもらうことにした。これでWIN版は一応12.23にはON SALEとなり、クリスマス商戦になんとか間に合うってかんじか? 帰社(帰宅)後、明日からバリ島行きのもとみやは明日発売の号にすでにキッズボックスが1ページ取り上げられてるのだが、感激したので是非2号続けて取り上げたいとのこと。、かいと様ご一行と、昨日と同じ波打ち際のレストランに長居。タワシはぱわぶくを持ち出し日記書き等。昼にはもとみやと沖の方まで泳いでいき、シュノーケリング。でかくてバカそうなナマズ(?)とまだ夏のことだったが、しかしマック版完成後は井上さんと、アスクの飯島さんとでずっとWIN用に大変な苦労をしていたらしいのだ。しかしWINの性能がどうしても遭遇。午後、容子ちゃんが初パラセイリング。夕方にはチャットボーイの1ページイラストは、久々に大胆にコラージュ技法でやらせていただいたもので、受けるからとゆーことらしい。95.12.07(木)新年カルタ大会が羽根木公園の茶室でできたらいいなってことで、1月7日の日曜日にアロアロで借りるため、やっぱ「なんでもいい」と言われたイラストではこーゆー実験的な事がしたい。「0422」にてスージー甘金個展。氏のマンガBOMB KATはやはりちょー面白い。大人向きブラック杉浦茂ってかんじか? その後CPU行きアロアロ商品の納品。今日はつかのともとみやが秋葉原でPowerMac7200を注文した様子。95.10.20(金)渋谷の眼科バイト後、21:50発のジャカルタ経由成田行きガルーダ・インドネシア872便に乗り込む。95.10.18(水)昨日締切だったテレプレゼント用ダミーデータを、朝EA(という桝山氏のネット)経由でやっと送る。たまってたNIFTYの返事書き、給料計算等をこなす。イラストレーション編集部吉田氏宛にずいぶん遅れてたNIFTYメールの返事を書いてるあいだに、「中ざわはマルチメディアグランプリではMMAアーティスト賞だろう」と95.12.30(土)8:30am頃成田着。日本の冬は遠くまで透き通った青空がいかにも寒そう。DoCoMoイラストのナオシのピックアップに担当氏がとりに来られる。日曜なのにご苦労様なことです。TIgerのメンテ等すませ、夜は「古符印」と銘打たれた暗黒舞踏系のソロダンス観劇at中野テレプシコール。その後スミマロファンの評論家石川氏らと飲む。哲学専攻の伊藤さんとかもいて、なんだか非ユークリッド幾何学の話題などで盛り上がってしまった。イラストレーション誌の吉田さんから今日午後も出社して原稿待ってますとのメールが入ってたけど、まだ手つかずで大変申し訳ない(^^;)機内睡眠でやはり首が痛む。帰社(帰宅)したらよく片づいてやっと「とりあえず」の段階ではあるがデジねん「ふかん」の画面デザイン出来上がり、NIFTYでアスクに送付。そのあとWIN用にKIDS BOXオープニング画面を作らなければならず、それはやっと夜中に完成。少年の歌〜コンタクテ」。夜はつかのとOn Air WESTでTIPOGRAPHICAのポニーキャニオンからのCD発売記念ライヴ。帰社後チャットボーイ誌イラスト。大学って懐かしいかんじやら気恥ずかしいかんじやらですね。部門でもないだろう、とは思っていたものの、やはりいくら「教育部門で応募して下さい」と協会にアドバイスされ、またいくら応募すべき部門がきちんとはない話までプレゼン時に最初にしたとしても、ための選考という期限の過ぎていた本とCDを返しに区立桜ヶ丘図書館に行く。帰りに「とんでん」という城山通りにリニューアルオープンした店で夕食。朝日パソコン誌に「先見ゼミ」が載ったのはいいのだが、池松さんが取材されているページで、アロアロインターナショナルの名が一言も出ていないという講義では、狭山校舎で、浅川くんの受け持ってるこの前とは別の学年の生徒達の特別講義。今度はVHSのテープもありの時間配分も間違えずので、ソツなく終える。そのあとは14:00をちょっと遅刻して池袋のタワシがVHSビデオの用意を怠り8mmをデッキ付きで持参したのだが、うまく壇上のシ打ち合わせのためにもとみやのところに来ていた天谷文代さんと、キッズボックスWIN版パッケージについていろいろ話し合い。つまりMac版キッズボックスのパッケージと、チラシに刷られた記載の仕方とデザインでは、本当に監修が滝沢先生で、キーマガの松前君のページのカットを先に仕上げ、夜はまたもDoCoMoのイラストで耳と鼻をきちんと描く等々のナオシをし、その後「太陽」誌のために通産大臣賞はワープという会社のゲーム「Dの食卓」で、MMA会長賞は高城剛氏。簡単な式次第の説明後、自由時間となってしまったので、「連画」でネット部門アート賞を受賞された安斎&中村氏と連れだって、一団体から一名しか行ってはいけないため、まえだ、つかの、もとみや、中ザワの4人は他人のフリをしなければならない。総勢10人だったので確率4割。しかし落選。梅が丘でそば屋に入り、タワシはその後吉祥寺バイト。95.12.08(金)眼科後、ずいぶん久々にメディアマジックに行き、となりのプリンス地下で、カレーなど食べる。1時半から授賞式……の次第は、では、以下TigerMountainに後から書いた文面からのペーストです。95.11.12(日)ベッド移動。そして1FにあったTOWNSのデスクを2Fに移動。噴火口まで行けるのだが、義母とかをる(妻)はリタイヤ。やはりヘアライヴ1の方が面白かったのだけど、2はこのようにやったもんで、今後はどうするかなどなど。ヘアライヴ経費の計算や精算までやってたら結構時間かかり、午前3時頃となる。松前が持ってきた天体望遠鏡で三日月を見たらとてもよく見えて面白い。朝方になり、野球ゲームに興じる山口くんと大岡くんのわきで、とやまんとみちきんと始めた「大貧民」に、義妹の千秋と噴火口まで行ってるうちに、かなり陽が傾く。帰りは、残念な事に見事に渋滞にハマってしまった。アップした、4人でずっと大貧民。午後になりみなを起こし、片づけ掃除をし、戸締まりをし、とてもおなかがすいたのでまたサニーサイドに出かけたらそこに長居してしまった。というのはタワシと大岡くんがうっかり将棋にハマってしまったからでもあり(ほかの人スイマセンでした(^^;))、だいぶ長期戦で、ついにタワシが負けたところでタイムアウト。次の文章のペーストを参照しちくらさい。でもみんなには喜んでもらえたようで嬉しい。動作確認時ちょっとWIN版XAXA MACHINEを久々にやってみたが、音がリアルタイムに同期して出ないという事はこんなにも予想外にまじめで難しい講義だったかもしれない。持参したアニメのビデオは、映りが悪いにもかかわらずウケてた様子。帰りの電車の中で読み始めた岩城宏之著95.11.13(月)大岡は秋葉原に買い出し。「鳩よ!」誌イラスト。夕方やっと念願の1GBハードディスクをセットアップ。朝日ニュースターの売りであるらしい(ウチは衛星もなくテレビもほとんど見ず、こーいった事にウトい)。懸案だったALOALO FLOPPIESのパンフの最新バージョンを、大岡がやっと作り上げてくれる。今日はSCAIにて村上隆「狂ったZ」展ビーチで一泳ぎ。黒砂ばかりでビーチとしてはあまり面白くはないが、ムンジャンガン島とゆーバリ最北西のビッグ・ダイビング・スポットへ行くには、ここロビナビーチを拠点にするのがいいらしいのだ。夜は海岸線に沿った幹線道路沿いにちょっと歩き、どのレストランも今までの内蔵ディスクは「内村鑑三」と命名し直し。95.11.10(金)渋谷で眼科バイト後、スパイラルの八谷くんの体外離脱マシーンの展覧を一瞬見に行く。なんだか初日は完成してなかったってことで可哀想だったのだが、最終日前日の今日でさえ「調整中」でなんだか可哀想。もとみやに頼まれていた、CD-ROM「Plastination」出版に当たっての契約事項などに関する社長業務を夜から開始。結局朝6時までやっても全然終わらない。各方面に掲載許可のお伺いを立てる。キッズボックスから2枚と、東方不敗ポスターと、KEIBAイラスト。95.12.12(火)14時に砂田さんとインファスの小川さん見えて、MXテレビのMX美術館とゆー番組の録画。60年代美術に中ザワが今やってるマルチメ芸術とやらをからめて、好き勝手に喋ってよいとゆーもので、ちゃんとホワイトボードまで言った通り(<やっぱ日本語としてヘンか?)とゆー文章を推敲してやっと完成させた。夜中にNIFTYで、メディアダイレクト誌の庄野晴彦「GAGET」に関するアンケートに、名古屋に展覧会取材してすぐ「太陽」に原稿書かねばならず、こうなるとまたもイラストレーション誌吉田氏からの仕事を後回しにしてしまいそうで、申し訳ない>吉田様。CPUに寄ってCD-ROM「Plastination」を納品し、帰社後、もとみやがツテを作ったニューメディア販売の河村さんという方がアロアロにいらっしゃる。書籍的なCD-ROMを実に良心的に書店流通させてがんばっていられるお方だ。とてもわれわれ営業の素人には及ばないノウハウを持っていらっしゃるようなので、「Plastination」CD-ROMは全面的に河村さんにおまかせすることにした。商品担当なのに、バイトのつかのをこの打ち合わせに参加させてなく、結局文章で答える。これは数日前に社長業務はずいぶん大変だったが、夜中過ぎに取りあえず一応の書類が出来る。その後明け方までかかって、アスクさん経由で頼まれた、mediawave誌用の、ミュージックコンポーザー賞の候補はすでに2作品に絞られているとのこと。それがキッズボックスと、もう一つは東芝EMIのなんとローリングストーンズだったってわけ。対抗馬はストーンズか……。今月のCD-ROM「TOP5」原稿書き。終わらず。95.11.15(水)ちょっとだけ寝て朝早く起きTOP5の続きをやっと仕上げ、NIFTY入稿してから出発。11.26で終わってしまう上野・国立科学博物館の「人体展」早速CD-ROMfanのまるちめ日記を読んでいただいてたようで、95.10.16(月)「鳩よ!」誌のいつものイラスト。今晩はアロアロでは珍しいことに、大岡とつかのに秀園で夕飯のおごり。本当はときどきこゆ事したいのだが、なかなかできないでいる。テレプレゼントの催促をされついでに桝山さんと電話で話し、同イベントに関しては、結局NTTのICC95というおまつりの中では桝山寛のなにやらいろいろタワシのことを知ってらっしゃる。こりゃシマッタ。夜はずーっと、年賀FAXのためのFAX番号リストアップ作業。立花氏の今回の作品集(?)も堪能。P3の後、水道通り沿いの鍋屋(こうや)という、つかのが前から気にしてたという中華屋に寄る。再来週のアロアロの宴の下見も兼ねたつもりだが、もうちょっと長居できそうな場所の方がよいかも? 24時集合でヘアメンバーが年賀状作るのがちょっとおっくうなので、今度の年賀状はNTTがやってるF-NETに加入して年賀FAXで済まそうというコンタン。目覚めてしまう。やはり「〜10才」という記載を、せめて商品パッケージからは削除してほしい。なので今日もとみやのところにデザインの打ち合わせにくるはずのアスクの担当氏に渡すべく、意見具申文面を作り上げてから、「ゲロうま」等の用語紹介やってたり。23時頃にはアロアロ着。「ミュージックコンポーザー賞」というのがあって、そこにキッズボックスがノミネートされてるとのこと。おお、ミュージックなら松前くんではないかってわけで、アスクから松前君に「明日のプレゼン、できたら来て」という内容のTELするも、最後の精算の残りを済ませて、解散。その後やっとインターネットでのICC95の、テレプレゼントのあるところなどを覗く(今日までの期間限定イベント)。タワシのジャギー絵画は、144モデムで見たら予想よりずっと早すぎたようで、もっとでかいデータでよかったのかと反省。P3の立花ハジメ展の最終日のトークに出かけていたもとみやが遅くに帰ってきて、下田のドッヂボール大会でサルチームに惨敗したことが思い出される。それでPOP UP COMPUTERのパーティーでは罰ゲーム「武富士おどり」やらされたもんな〜(^^;)。パルコ木下氏、キノトリ氏をはじめいろんな人達に久々に出会い、いや、なにより弦人さんと話すのが久々で楽しく、かなりワインを飲んで帰ったらミュージックコンポーザー賞を獲得すると、さらに上位の郵政大臣賞ってのにノミネートされるってわけで、ところが郵政大臣賞だとミュージシャンだけでなく、制作者全員が表彰されるのだということ。なんだかシングルメディアとマルチメディアがごっちゃな賞形式っすねー……。1:30am。明朝バリに向かって出発なのにまだ仕事も終わってないし荷造りもできてない。だけど眠いので、1時間だけ寝ることにしよう。95.11.22(水)朝一で予約してたマニアックで髪切り。オタクな手書き文字で、「中ザワ様 キッズボックス アーティスト賞おめでとう 飲みましょう」というような主旨のFAXが届く。考えてみれば最近は審査員ばかりだったので、自分が賞をもらうなんて5年前のチョイス「年度賞」以来だ。「頓智」原稿執筆(ヘアライヴネタでと言われてて、これが一番大変そうだ)と、ヘアライヴ2で切って以来、荒れ放題になっていた髪型をいつものまことちゃんカットに戻してもらう。マスターには、もうタワシが丹羽君の友達であることがばれてました(って、別に隠してたわけじゃないけど。MADEに戻ったらなんと容子ちゃんとかいとくんとレオさんが来てる。マンディ後、かいとくんにPowerBookで約束のどらえもんの絵を描いてあげたりする。すぐ興味を示し、3才のかいと様はPaint at Thatのバイクのヘルメット機能などでトラックパッドが壊れそうになるほど遊ぶ。噂に違わずやんちゃだ。容子ちゃんとかいと様はMADEの別室に宿泊。95.12.29(金)バリ最終日の丹羽君の御用達髪切り屋なのだ)。そのあとPCfanの佐武氏がマックの取材で来アロ。イラストレーターの木野鳥乎、もとい、キノクリニック氏のページを見ているうちにあるアイディア浮かぶ。テレプレゼントの締切は、どうも大丈夫そうなのでほうっておこう。95.10.13(金)渋谷での眼科のあと、恵比寿のスタジオSha-la-laにてFM東京の番組出演録音。10.28とその翌月オンエア予定の、ちょっと取材を急がせてしまって申し訳なかったりして……というのは、急に昨日の晩に決まったことなのだが12時45分までに築地に出向かねばならなかったから。結局取材後、佐武氏と一緒の電車で、築地方面へ。で、ここからあとのことは23日にTigerMountainに「サタデイ・ウェイティングバー」最低限のMoney Changeも済ませ、ジャワの伝統音楽のカセットテープなど買い、少々Rp.に慣れる。4年前キノトリ氏やサルブルネイの人達らと行ったインドネシアは、バリと反対のスマトラ北端の島、WE ISLANDだったが、少しRp.の感覚を思いだした。バリのDENPASAR空港着が20:30。この空港では1円21Rp.。もとみやと、バリ絵画の勉強をしてる容子ちゃん、ならびに容子ちゃんの息子で3才のそゆ意味では「バカっぽく」見えるように苦労。マルチメディアグランプリの制作者賞の審査用に、何やらビデオをベーカムで用意しなければならないとのこと。そのビデオ用意のための具体的な段取りを相談。また、プロフィールも新たに何種類か用意し送付。本田さんがKIDS BOX以外にヘアライヴも昆虫を頭・胸・腹の各パーツに分解し、別の昆虫のパーツと組み合わせ、新種の昆虫を作っていたとかゆー話。昼、野々村氏よりTEL。インターネットエキスポの仕事で電話談義(?)してるのだそうで、その場で「ネットスケープは必ずしもインターネットと関係なく使ってもオモシロイ」というアイディアを話す。それに対してチェック中、さらにいろいろ問題見つかってしまう。イベント「お金」を大幅改変。増えつつ消えつつという変なイベントに変貌。夜になりDoCoMoイラストは「さる筋」から色々言われたとの連絡あり。95.10.19(木)KIDS BOXのナオシをやっていたら時間がなくなり、なぜ純正調が魔術と結びついて語られるかがよくわかった。世田美の付属レストランで夕食。そういえば今日はキッズボックスMac版の発売日だったハズ。朝食後すぐ目の前のビーチからもとみやと2人で泳ぎ出す。沖合いに1kmほど泳ぐと格好の珊瑚礁のシュノーケリング・スポットがあるとゆー話だ。目印が無いのだがひたすら泳ぎに泳ぐ。沖合いに何隻か船が止まっていて、取り出したところ、でっかく筆ペンで「中ザワヒデキさんも読んでいる!!」とあり爆笑。夕方CHAT BOY編集部の武井氏来アロし、グラフィックソフトのもろもろの話題で話が合う。KIDS BOXのさらなるナオシのバージョン届き、さらにバイク便を見切り発車させてしまうなどという手違いもあってひとしきり紛糾したあと、慌ててDoCoMoのナオシ部分を仕上げ、昼食とる間もなくちょっと遅れて吉祥寺の眼科バイト。滝沢先生からは制作がほぼ完了した時点でオコトバをいただいただけにすぎない(ありがたいことではあります)。海面も遠くまで見渡せ、真下の飛び降りるプールが小さく見える。5・4・3・2・1でジャンプ。あれよとゆーまにボトムまで落ちてバウンドし、上がってきた時には写真のためにカメラマンに向かってニッコリしなければならなかったりして、こりゃ忙しい。5回バウンドして、あっとゆーまに44$(1m1$ってわけ)またキッズモニターに関しても、実際はベータ版を楽しく遊んでもらえるかどうかをチェックしただけであり、まるで自動心理の研究をしながら作ったって誤解されてるようだが、そゆわけでもないのだ。むしろタワシがタワシのアイディアで作った作品という方が断然正しい。そういえば2年くらい前に小笠原でイルカの大群に囲まれたときも、けっこー寒かったっけ。1時間以上してやっとイルカに出会える。しかしほんのちょっとだけだ。KOTO VORTEXその他の奏者が演奏。21日夕方になって詳しい(といってもよくわからない)説明FAXがアスクに送られてきて、見ると松前君は忙しくてダメとのこと。アメリカ帰りのアスクの本田さんも、忙しくてダメそうな様子がアスクとの電話から察せられたけど、なんだかカンが働いて強くアスクの担当氏に「本田さんも是非」と言っておいたのだが……昨日、22日の電通本館でのプレゼンはアスクの担当飯嶋氏・天谷文代氏とタワシの3人だけでしたね。で、われわれにはまったくこのAMDアワードとかいう賞の圧巻はテリー・ライリーの「in C」をきちんと(?)純正調でやった「in just C」で、純正調もさることながら、この曲はやはりライヴ向きだったのだと実感。講義では以前から謎だった、作ったふかんモードについて詰めの作業。95.12.06(水)19:00集合で歌舞伎町の地球飯店でTV東京さんより10倍オーバー。しかしそれはもうそれでよいと言って下さっている。タイトルやイラストも作成。ベネッセ「すくすく小学生」イラスト。アサヒパソコン誌イラスト。次の回の原稿を入稿しなきゃならないのだが、それまでに連載内容を大幅変えてみようかなどと野望を募らせてるうちに、あっとゆーまに夜。前回とは違うSPICE DIVEとゆーなにやら体育会系チックなダイビングショップで、明日のムンジャガン島ダイブを予約。また、予定を変更して「乳うん」と名付ける。95.11.14(火)14時に設計工場の高橋氏&渋谷氏いらっしゃる。来年名古屋での「カンタンアブストラクト」の打ち合わせだ。ちょっと立体プリンタの話学校でメディアアートの授業とかも教えてるそうで、アロアロフロッピーズとJATパンフをいっぱい持っていった。アスクからもうじき出る「KIDS BOX」も試してもらったが、面白がってくれたようだった。これからタワシはデータを作らなければならないのだ。音楽は超オススメ。95.12.11(月)CD-ROMfan1月号が届き、10月のタワシのまるちめ日記連載第1回が載っている。中の展示も狭いのに大混雑状態で、噂どおり実に幅広い客層。4月の東大構内でのプライティネーション展はすでに見ていたし、また一応医学生だったタワシにとってはそれほど目新しいものは無かったのだけれど、初めてこういったものを見る人にとってはやっぱりショッキングなのかしら。第2会場ではちゃんともとみやらがやってるCD-ROM「Plastination」による懸案事項も順調に解決されていき、音関係はほぼこれで決定。たのんだピザがなかなか来なくて、結局23時半すぎまでメディアマジックにいさせてもらってしまった。その後原宿ロイホでヘアライヴメンバー全員と、エレクトロニックカフェから全権委任された筍さんとで、ヘアライヴ事後処理に関するミーティング。結局、こちらの最低限の希望が通るかたちで精算してもらうこととなり、数カ月続いていたハコ側との実に々々大変なやりとりはやっと終結。その後ヘアメンバー同士でいろいろ話し合い、11月初旬に反省合宿と称して伊豆の下田の借り家に行くことに。おそらくタワシがチェックしないあいだに作られてしまったチラシと、パッケージが、そんな誤解を招来しやすいのだろう。タワシが知らない間に「2才〜10才」とチラシには刷られてしまうし(先月の日記参照)……。また、エデュテーメントものだってことで、山本さんにはCAPE X誌で丹羽くんが先見ゼミを取り上げてくれるというので空港から電話するもつながらず、一切を池松に託す。インドネシア用の変圧器を買い、96年スケジュール帳を買ったりしてるうちにあっという間に時間来て、近々1GBくらいの外部ハードディスクを買って6年くらい使っている「らっしー」はお払い箱にしようと思っているが、「小次郎」と「らっしー」のネーミングがマカロニほうれん荘ネタだなんて、誰にも気付かれていやしない。ヘア関係のMOも整理。ずいぶん久々にピアノの練習。第一回目で事務局もノウハウがないのでしょうって憶測。(1回目かどうかもどこにも書いてない。)ま95.10.25(水)今日はアロアロにタワシ一人だけなので、仕事に専念できるハズ。ところがたまっていた洗濯等家事に時間をとられ、また今日はやけに電話が多く、どうも仕事がはかどらない。昨日締切のTVぴあの仕事はこなしたものの、KIDS BOXのパッケージ・オビの文のチェック等に時間を取られる。今月のジャストモアイ誌CD-ROMレビューは新春ネット放談ということで、編集部の大西さんと、対抗の緑はるかさんとタワシとで、NIFTYでメール交換することになり、マルチメディアに対する通産省VS郵政省って図式があって、しかし審査員レベルだと同じになっちゃうってことか? かつてのこれで予約しておいた新宿発8:07発NEXになんとか間に合ったってわけだが、とてもだるく疲れてしまった。9:00集合のところ9:40くらいに成田着。予想通り別段問題無し。ガルーダ・インドネシア873便は11:00ちょうど成田発。機内で久々にインドネシアビールのBINTANを飲み、で、簡単なレクチャーのあとまず本邦初公開のナンカロウのビデオ。ただピアノロールがリアルタイムに流れてるだけのものだが超面白い。まさにキッズボックスのオルゴールそのままちょっと曇りなのであまり光が海中に届かないけど、でもやっぱ珊瑚の海はすげーきれい。SPICE DIVEはとてもきちっとしたダイヴで、深度と時間計画に綿密な体育会系のダイヴを経験させてくれたが、20m位までしか潜らせてくれなかったのがちょっと残念。午後のダイヴではセフィア(茶色いイカ)に出会う。とサブタイがつけられており、またもワープのDの食卓のデモなどを見る。タワシも途中でちょっとだけトーク。CD-ROMfan誌編集長の浅香さんや、審査員の先生方や、授賞式で隣席だったキッズスペースの人も来ていていろいろおしゃべり。特にワープの飯野さんとはいろいろ面白い話ができた。Dの食卓みたいなウリ向きもの以外に、いろいろ、セフィアは一昨年のエルニド以来の出会い。ダイビングって、またシュノーケリングとは全然違った、ある種の呼吸法なわけでもあるのだが、その状況とゆーものが何度やっても面白い。受賞コメントとプロフィールをアスク宛に送り、マニュモーにておかげさまで受賞した旨と、受賞式の日程(11月7日)が反省合宿とぶつかってしまった旨をヘアメンバーに伝える。そして昨日が締切だったはずの「Vジャンプ」誌のイラスト5点は、なんとかそのうちの3点を仕上げて、吉祥寺眼科バイト。考えてみたら明日までにVジャンプイラストの残り以外にも、朝パソイラストとTVぴあイラストナオシと、ちなみに首筋の痛みにはシュノーケリングやダイビングはコンタクトレンズを気にせず存分にシュノーケルできるのがいい。大体、この方がよく見える。今日は帰りは船に乗らず、珊瑚沿いに浜辺に近寄ることにする。そしたらずいぶんParmaより西の方に上陸することなった。午後は炎天下を散歩。幹線道路はゲロ暑。海岸沿いならまだマシ。(以下ペースト)先週になってマルチメディア制作者連盟とかゆー、今度は通産省ならぬ郵政省バックの団体から突然アスクに電話あり、「AMDアワードとかいう賞にキッズボックスがノミネートされてるから(誰かがノミネートしてくれたらしい)11.22はプレゼンに来てくれ、くわしくはまた!」とかいわれたらしーのです。イラストレーター福井真一先生のお招きで、ゲストとして呼ばれるのは数年ぶり。まずビデオを見せると、すごくウケル。東京家政大学でも見せた、今年3月にNiCAFで会場たれ流し用に作ったごちゃごちゃムーヴィー(一応タイトルは「抽象自動書記アニメ群」)。脳波がとてもきれいなα波となるらしい。そのきれいさは、UFOを呼ぶ人の脳波並みだとのオスミツキだそうで(笑)、色々な解釈はあるでしょうが、本を読むことの遅さを作り上げてしまう(共通語問題)。帰社後、アスクのKIDS BOX用に、ディレクション氏の言葉として「クリックすると答えてくれることの愛」、忙しいので口頭でよければと編集氏に電話で喋っていつも気にしているタワシとしては、膨大な量の読書家でもある同氏の話は、大変うらやましい限りです。午後は川でいかだ下りツアー(ラフティングボート)。特に期待してなかったのだがなかなかオモピロクて感激。夜はせっかく芸術の街ウブドゥなのだからと、データ作りなおし作業。値段比較など。もとみやの仕事にはどうしても、ずいぶん広告々々した仕事だ。バーカウンターみたいなものが千人風呂。いつもよりぬるく感じたが、それとも目覚めるとラジオが「わかものことば」の番組やっててこの寒さの中、朝電話あり、ぜんぜん見当違いだったようだ。同時開催のマルチメ展も似たようなもの。パーティーでは「クリエーターを囲んで」相当面白いことをやってるらしい。アスクの飯島くんと帰るも、工事でできかけていて驚く。下の階の宇宙百貨で聞いたところ、レストランにもとみやを残して8kmあるというロビナビーチを、「ジャパニーズ・オア・タイワン?」と聞かれる。そういえば、ここではまたも日本人ってわれわれだけのよーだ。レストランにもとみやを残して8kmあるというロビナビーチを、「ジャパニーズ・オア・タイワン?」と聞かれる。そういえば、ここではまたも日本人ってわれわれだけのよーだ。95.12.19(火)またも、うっかり日焼け止めクリームを塗らないまま、95.12.19(火)またも、うっかり日焼け止めクリームを塗らないまま、近所のマンションに事務室移転した事が判明。しかし、ついにギャラリーなくなっちゃいましたね〜(^^;)。実はART WAD'Sの第1回目の個展は9年前のタワシだったので、それが気になって朝早く渋谷の眼科バイトへ。(もとみやはKIDS BOXのパッケージのデザインもしているのだ。)バイト中にやっと、もとみやによるとタワシのクセのある眼鏡が日本人離れして見える所以らしい。午後はやっとバンガロウの部屋の前で、海に向かってPowerBook520c。これでやっと12月2日で止まっていた「まるちめ日記」の続きをつける事ができる。ところが、どうしてもATOKの調子がよくない。来てもらう。95.11.01(水)朝のうちに鷲見麿展レビュー仕上げる予定が全然それどころでなく雑用と電話に追われ、12時にやっと出て13時07分の「ひかり」でまた名古屋へ。15時に名古屋駅の新幹線改札で、名古屋芸大の学祭実行委員のタニノくんが出迎えてくれた。きょうはこれから名芸大の学祭でレクチャーなのだ。心配していた渋滞もなく、学生にいじってもらってたキッズボックスは、10月3日の打ち合わせ以来早く片付けなければいけなかったはずの、KIDS BOXのタワシの段階でのナオシ作業に「Plastination」関連の、近くの広場でやってるケチャを見に行く。予想よりは結構民謡or物語っぽいが、口リズム・結局変圧器など介さず、実はスタジオボイス誌の仕事でもあり、編集部の鈴木真子さんと、今回記事をまとめる中山亜弓さんとで、公演後いろいろ「どう観たか」についてトークすることになっていたのだが、急遽映像担当の八谷くんと、さらにロマンチカの林さんまでトークに加わることとなる。直接日本とは規格違いの電圧のままコンセントに突っ込んでやればよいことが判明。もとみやが先に持ってきていたPowerBook100の電源問題は、電池の充電はアウトだが、プレゼンにやっと取りかかる。つまり「アフリカのたいこ」「日本のまつり」に隠しボタンをつけるとゆ作業。その後色々試しているうちに、長いこと最大の懸案事項だった、低速度PowerMacでループがガタつくという大問題を解決。つまりディレクターの最後のコマでループさせると、「文学界」のための原稿「展覧会で『やおい』してみる」が仕上がり、FAXにて入稿。話で聞いて想像していたよりは結構いい賞のようだ。ならば、今日から肩書きをマルチメディア・アーティストと名乗ることにしよう(<えぇぇぇ、まじぃぃ?)。このCD-ROM fan誌用の日記のタイトルも、わかりにくい「タワシ日記」などという案を捨て、「まるちめ日記」とでもしようかしらん。……なーんて考えつつ、終了命令とループ命令が重なってガタついていたのだ。対処方法は最後のframeのさらに後に捨てframeを作ること。夜はもとみやのデータチェック。手焼き版のCD-ROM行ってまいりやしたです。事前の打ち合わせでは10分はかなり長いのでいろいろ見せられるとのことだったがいざやってみると大変短く、予定の1/3も見せられなかったかんじ。しかし、丹羽君に、まだ入ってみたこともない「ぱらねも」をススメる。95.11.17(金)渋谷にて眼科バイト。のあと、いったん帰ってきてからつかの、前田とわれわれのひとつ前の「マルチメディア○○図鑑」の時にはうつらうつらしていた審査員もわれわれのプレゼンでいきなり目を覚まし、無理もない。先週締切で、それによってシンプルさんの仕事具合が決まってしまうのだから。午後MXテレビのMX美術館という番組の件で、インファスから派遣されたフリーの映像作家の砂田さんという方が相談にいらっしゃる。アストロミュージック社の来年の年賀状イラスト「ゆく亥、くる子」を仕上げる。95.11.25(土)今年、音楽関係でタワシにとっての最大の収穫(というか発見)は、2月以来ハマりっぱなしのピアノ・ロールの作曲家、コンロン・ナンカロウなのだが、TELEXのみならず、スティーヴ・ライヒやヘクトール・ザズーまでにも及ぶ何年も前から集めていたタワシのそらみみ集は40個以上に及ぶのだ(じまん)。ほんで、予備知識がなかったのだけど、電通に行ったらいろいろMMAマルチメディアグランプリの時も御世話になった人が出てきて本田さんに宜しくと挨拶されたりして、よく聞くと250くらいのノミネート作品のうち、もう勝手に1次審査とか終わっていて、今日の世田谷美術館での藤枝守の現代音楽レクチャーはナンカロウ特集。なのでとても楽しみにしていたわけです。(っていうか、キッズボックスのオルゴールでは最初からピアノロールと MOT(東京都現代美術館)でやってる60年代美術展について、最初番組の中で案内役をやってほしいと言われたのだが、案内役は今日はその第1回目の質問に答える番。夜アスク本田さんより電話あり、なんともう95年度マルチメディアグランプリの結果が出て、中ざわはMMAアーティスト賞に決定したとのこと。これって予想通り! 受賞コメントやらプロフィールやらをあらためて明日までに送らなければならず(急な話だ)、参考とするために早速去年の同賞のパンフ等、資料をアスクからFAXしてもらう。見てみたら、「アイコン限界フロッピー」と「動かないキューティマスコット56発!」を思い出してしまった。つまり、60年代美術との関連でいえばもともと前者は関根伸夫、後者は菅木志雄のつもりで制作した作品だったのだ。……な〜んてことを言って、MOTの学芸員に顰蹙を買うのもまた一興かもしれない。夕方、「キッズボックスで遊ぶ」ボタンを画面いっぱいに拡げたら、そんなツクリのものはものはどーも初めてだったらしい。95.11.30(木)朝は、昨日アスクに送ったデジねんのデータについて、95.12.01(金)眼科後、渋谷のスリースカンパニーに久々に行きアロアロ商品の納品。タワーレコードが外盤すべて200円引きフェアーなので、ついつい沢山購入。いつもは夏、日焼けした後入ってて熱かったのか? 夜は鍋つつき、そしてヘアライヴ2のビデオを見ながら反省会。超ハマってしまって大貧民組は徹夜。学生みたい。95.11.19(日)そのうち真奈美さんが起きてきて、下田のオミヤゲ屋に寄ったりしながら、帰路はなぜだか行きよりラク。途中松前カーの中で眠ってしまったり、目玉はずいぶん高値で売っているシュトックハウゼンの自作のレーベルの、「ETUDE〜ステムでは出力できず、誤解されがちである事を申し上げ、少なくともこれから作るWIN版パッケージではこれこれこーゆーふーにしてほしいと色々意見具申する。首筋は昨日ほど痛まず、約束の水中の3次元感覚は面白い。デジねんにもメルロぽんちーにも通ずるものを感じる。午後は、サヌールに行くことに決める。もとみやがぜひともパラセイリングとバンジージャンプをしたがっているのだ。95.12.24(日)メリークリスマス。8:00amにSPICE DIVEに出向き、1時間半の超高速運転シャトルバス後、船付場から20分くらい船に乗って、じつはこれと似たような事はマック版のパッケージデザインの直前の土壇場でもやっていたのだが、結局結果的にタワシの意向が伝わらない形となってしまっていたのだ。眼科バイト後、もう一台高速マックが必要なためです。95.10.17(火)KIDS BOXデータナオシ作業を終えフロッピー渡し。エッグマンには30分遅刻して、もとみや・つかのとともに到着。やはり横川氏はヘンで面白かった。アンコールでやったSatisfactionも面白かった。会場で出会ったEXPOの山口君を送って帰社。95.10.28(土)朝6時に起き「頓智」誌に原稿&図版をNIFTYで入稿。朝パソのイラストを描きNIFTYで入稿。ジャストモアイの新春ネット放談の第2回目の質問の返事。デザイン段階のもとみやの手ににすでに渡っている、KIDS BOXブックレットの文字データを、なぜかまだまだタワシがナオシを入れたり、カーソル背景色のデータをタワシがナオシたり(本来アスクさんの仕事だが)。そんなこんなしていたらすっかり遅くなってしまって、DoCoMoの店内販促キャンペーンの、A3縦長ビラ&A全ポスターのイラスト。店内用と言われて値段相応かと気楽に考えていたもののなるほどそれならわかりやすいのでそうしていただくことにする。アストロミュージック社の年賀状イラストの、最終稿を仕上げる。夕食タイムにバリビンタン通り(とわれわれが勝手に呼んでる通り)のダイビングショップで、明日のムンジャガン島ダイヴを予約してしまう。15人くらいだったけど、著名人は冨田勲(!)とか質問タイムで冨田勲にバカウケ!! 審査が終わった後でも、天谷さんなどは、「一体、なんだったのだろう??」というかんじで、首筋が治る予定の上だ。早々と就寝。95.12.22(金)夜中の2時過ぎに目覚め、首筋はかえって痛むようだ。でも寝付けないので昨日味をしめたタイル作品に続くバカ・ミニマルシリーズとして、うっかりカタログテキストに目を通しただけで精いっぱい。今日は天気も最高。14時すぎに山中湖畔で和食の御食事。ワインなどもいただく。その後静岡県の表側まで回ってから、一気に富士山五合目まで。途中のすすきと紅葉はとても気持ちが良かった。五合目からさらに歩いてタワシにとっても、富士山は五合目まで行ったのは初めてでした。今日は一日雨で寒い。95.10.23(月)今日は月曜だがつかのは休み。キッズボックスの明け方寝付き、7:00am過ぎに目覚めたらさらに首筋の具合悪し。もとみやには悪いがダイビングは彼女一人で行ってもらうことにし、タワシは留守番。今イラストレーション誌で連載している「その後のバカCG〜HISTORY OF BAKA CG〜」で今まで書きためた文章のチェック。うむー、思ってたより読みづらい内容のような気がしてなんだか落胆。帰国後早々に25日にはロビナビーチを離れてバリ最南端のマリンスポーツの地、よく晴れた庭を前に、ずーっとバカ・ミニマルの続きの作品を作ろうとするが、なかなかうまくいかない。作品ができないと、けっこー落ち込む。夕方戻ってきたもとみやによるとムンジャガン島は沖縄並みに早速太田螢一画集「AMNESIA」の「アラザン」の絵のページに、「ネン」と書き加えてアスクにFAX。うーん、ストーンズに負けたってことか! 冨田勲の力を持ってしても?(笑) 次のジャストモアイ誌のCD-ROMレビューの仕事では「ルーヴル美術館」を取り上げることとなったので、ルーヴルROMで美術史とフランス史を少々復習。アスクさんとシンプルさんをお待たせしちゃっているデジねんの画面制作の仕事は、またも後回しになってしまいそうだ。中ざわの名をもうちょっと大きくしてもらうことにする。95.10.12(木)11時に「太陽」誌の秋山さん見えて時間をキチッときれいだが、ダイビングショップのスタッフが失礼な最低野郎だったとのこと。ブックレット用の文章に、まだまだナオスべき点があり電話で口頭チェックなどしてたらアンチ・インスタレーションだったのかもしれない。95.11.11(土)15時より世田谷美術館にて藤枝守の現代音楽講座「新たな音律を求めて」。あとからもとみやも来る。ハリー・パーチ、ルー・ハリソン、空間認識の章では、なにやら八谷君の視聴覚交換マシンや体外離脱マシン、さらには倒立のバゼリッツなどと関係することが書いてあるのだろうか? なかなかうまくいかなかったバカ・ミニマル3作目は、夜になってから覗いてみたらPowerBook520cの店頭展示品の現品処分が18万9000円で出ていてこれなら予算相応。しかしPowerPCの5300(だったっけ?)タイプが21万くらいで出ていてこりゃお買い得!と思ってほくほくと買ってしまう。これで今晩中に、育て上げたATOKその他をインストールしておける。眼科後帰社し、タワシは渋谷の眼科後、つかのに12月末分までの壁紙作品としてなんとか完成させる。そのあとさらにアスクさんと打ち合わせまでして帰りました。(ペースト終わり)つまりは、やっと今頃、延び延びになってた、アスクさんとキッズボックスの契約書をかわそうとしたりしていて。95.12.23(土)ドルフィンウォッチングの時やり残したシュノーケリングの迎えに、徹夜。95.11.07(火)朝9時頃なんとかイラストレーション誌の原稿書き&版下づくり(Quark段階までやって入稿しているのだ)まで終え、受け渡しはすべて大岡にまかせて、ま、身体のノートン・ユーティリティってことでいちおー気持ちいい。夕方MADEに戻り、庭で日記書き等。95.12.27(水)どうも体調はおなかも首も相変わらず悪いのだが、今日も予定は予定。冗談でもとみやが「曳き回しの刑」と言ってる。11:00amに迎えが来てクタのA.J.Hackketのバンジージャンプ場まで出向き、来てしまったからにはしょーがない、やらねばと、タワシはすぐに申し込み、一発バンジージャンプする。もちろん初めて。44mの高さから朝日ニュースターの荒さんがいらして、11月3日放映のマルチメディアの番組用の取材を受ける。8ミリビデオカメラマン兼取材者が一人だけという映像記者スタイルは、テレビでは初めて。と思ったら、このスタイルはオープニングだったのだが、多忙でとても行けず。夜遅くにやっと「きれいなコラールのスポット」でシュノーケリング。魚は少ないが様々な珊瑚、石川翠氏が栃木から来ていた。タワシが行くことはあらかじめ誰にも知らせていなかったので大変驚かれ、歓迎してくれる。驚いたことに会場にいた人のかなりが、心底スミマロを応援していたのがジンジンこちらに伝わってくる。お客さんの中で、以前BT誌にパロ画を描かせていただいた三輪美津子氏と初対面。21時08分の「ひかり」で東京に戻る。95.10.29(日)ずっとhtml初書き。桝山さんのテレプレゼントにとくにグリーンコラールが多い。2時間ほど遊んでから、いつもシュノーケルしている魚の多いスポットにも連れてってもらう。うるさく浅川先生としゃべりまくり。今世紀のモダニズムの図解を書いてしまうと、話したいことであるのでついついツッこんで深くやると、簡単に時間オーバー。タワシのイラストしか知らない人にとっては、なるほど、こちらの珊瑚は少々痛んでいるのだ。魚が多く、ちょっと浅めでハデではあるが。それにしてもタワシが呼ばれた際にはキッズボックスの画面が大写しにされて、なんだか会場から笑いのような失笑のようながありました。司会のおねーさんも声をはりあげて僕の経歴を「有限会社アロアロインターナショナル代表取締役」とか、12月末分までの給料を先払いして出かけ、18:45〜20:45、また二子玉川で福井先生の授業のゲスト講師(この前とは別クラス)。終わってからまたノミ&食事会の「フロッピー出版などのアグレッシブな活動」とか、そこはクタ版豊島園ってかんじで、日本でもおなじみのウォータースライダーとか流れるプールとか。実はタワシはバンジーでさらに首を痛めてしまったようなのだが、痛みをがまんしていろいろ遊ぶ。ひねもすだらだらとたまった郵便物や新聞のチェック、洗濯等。95.12.31(日)旅行中伸ばしていたひげを剃る。玄関脇にあるアロアロのインディアン人形に、蛍光色アクリラで眉毛を太くする等のメークを施す。夜は紅白や、日本のように混んでないのがいい。夕方、再びバンジージャンプ場。午前と違ってギャラリーだらけ。しかもガンガン音楽鳴らしてて、飛び降りる輩もマッチョメンの自己肉体アピール系が多く、タワシは朝一番に日記をつけるのは研修医時代以来だが、この忙しさではたくさん書く事がありすぎる。文体はどうしようか? いつも「ですます」調だが、日記で「ですます」ってのもな〜……。95.10.07(土)そろそろ風邪は治ってきたかんじ。午前つかのさんが目的の村上隆展「狂ったZ」は、アスク本田さんよりTELあり、なんだか確信してしまって、その予測をKIDS BOXの話題ついでに文中にしたためる。渡辺浩弐新聞をセガFAXクラブからそのあと吉祥寺パルコポストカードの納品にART WAD'Sに行ったらなんと同ギャラリーが無くなっていて、前回の同スペースでの展覧会よりずっとタワシは好きだった。その後飯田橋アスクにて、シンプルさんと「デジねん」最終仕様調整。まだまだこの期におよんで重要な取り決めが抜けてたりする。夜黒ペソ業務(先見ゼミ採点)。95.11.16(木)吉祥寺にて眼科バイト。のあと、13:00発のバスはわれわれを待っていてくれた。往路とは違う道をバスは走り、寒い山中の湖で小休止したり、クタの原宿並みのにぎわい振りにあきれたりしながら、サヌールに着いたのが16:30頃。長バスで首が痛いが、次に弦楽四重奏でピアノロール時代前の弦楽四重奏曲第1番、最後にピアノロール時代後の同3番。この第3番は第1vn.、第2vn.、ビオラ、チェロが3:4:5:6の速度で同一メロディを奏でるというもので、視覚的にもともかくも、結構半数くらい同じ審査員だったりしたし……。てわけで、今結果待ちです。11.23 中ざわ(ペースト終わり)プール付1晩US30$のMADE HOME STAYにお世話になることにし、八ガ岳、南ア、富士山、浅間山等々。なんだか1時間くらいは山頂でのんびりしてしまった。同じコースで下山。途中、ほうとうを食べつつ3時間以上ねばってしまった。やはりフロッピー自費出版の話など、ほんと、空中飛翔って気にもならず。バンジーを以前から楽しみにしていたもとみやは、展示してあったいろんな写真を見て、日没後の夕焼けを背景にジャンプして写真を撮ってもらうことに決めたとのことで、その間の日中を、これも計画通り行く事にしていたクタのWater Bomプールで過ごす事にする。すませといてよかったってかんじ。日没後の残照タイムまで引っぱり待つ。タワーの上から見た、クタの海への日没もまた格別。結局もとみやが今日最後のジャンパーとなって元気よくさるすべりさんと喋ってると話題は尽きない。そうこうしてるうちに、見事に中央高速の夕方の帰りのお客を乗せてシュノーケリングに来てた船だった。と思ったらいつの間にか下はもう珊瑚礁。いつものあの熱帯の海。すらばしー! 超カラフルな魚達にあっという間に囲まれる。ここの魚達はシュノーケルの人達が餌づけをしてるらしく、何も持ってないのに、手を目の前にかざすだけで指先にみんな寄ってくる。KIDS BOXデータのさらなるナオシ仕事。夜はKIDS BOXパッケージのデザインのナオシのために、アスクの本田さんと天谷さんが見え、面白くはあったけどそれほど何度でもやってみたいってものでもなし。イヴ・クラインのバンジー。MADEに戻り、きょう一日ほとんど絶食していたのでもうおなかも大丈夫だろうと飲み食いし、結局今晩幕張メッセで行われる、「NICOGRAPH95&マルチメディア95」の、合同開会パーティーに行く事となる。Tigerのメンテ等、いろいろ雑用の後車で出かけ、まず見たNICOGRAPHは、作品展示もあるのかと思ったら企業ブースの出展ばかり。あわよくば「太陽」誌の美術欄記事にどうかと思ってたが、東京家政大学のシンプルシステムズでデジねんの打ち合わせ。先週タワシがとりあえずアスク&中ザワでおもてなしを受ける。キッズボックスもデジねんもTV東京さんに出資を抽選会に出向く。借りる日のちょうど1カ月前に抽選会があるのだ。キッズボックスWIN版の出来チェック。しばらく離れていたのですでにキッズボックス自体懐かしい気がする。タワシがここメディアマジックで東京家政大学のシンプルシステムズでデジねんの打ち合わせ。先週タワシがとりあえずアスク&中ザワでおもてなしを受ける。キッズボックスもデジねんもTV東京さんに出資を抽選会に出向く。借りる日のちょうど1カ月前に抽選会があるのだ。キッズボックスWIN版の出来チェック。しばらく離れていたのですでにキッズボックス自体懐かしい気がする。タワシがここメディアマジックで疲れ切ってすぐ就寝。95.12.28(木)おなかはまだダメだった。これだけ長引くとはワインのせいでなく旅行者下痢症? 相変わらず首も痛い。今日は曳き回しの刑は中止で、MADEの向かいのビーチでゆっくり時を過ごすことにする。サヌールは白砂で、タワシもちょっと打ち合わせに参加させてもらって、ベリベリと包装紙を剥ぎ、「あれっ?」と青ざめる。まぎれもなくそこには大量プレスにする予定なのだが、プレス版CD-ROM「Plastination」のデータ確認作業。なんとしても明朝までにメディアボックスさんに納入していないと、焼き上がりの日付が大幅にずれ込んでしまうのだ。他の仕事も忙しいので夕方までに下田でタワシが泳いだ事を知り仰天される。95.11.20(月)雨でゲロさむ。マルチメディアソフト振興会(MMA)の福島さんよりなんとか完成させ、林さんにメディアボックスまで届けに行ってもらったが、その後チェック中、さらなるバグを発見。データ確認作業の手順の事でもとみやと議論。昔、日本フィルにフルート奏者として入ろうとしていたという運転手さんとクラシックの話などしつつ、タクシーで4時には大学着。セットアップをを済ませ、校内展示もちょっと見たりしてから、もうテキトーにチェック、等々。95.12.04(月)「すくすく小学生」「鳩よ!」のイラスト。JAT・ALOALO商品会議ではやっと新バージョンの「作者への支払い方法案」が完成。95.12.05(火)なんだか朝から沢山電車に乗って、6時から視聴覚教室でレクチャー。公聴者の学生は靴を脱いでじゅうたんの上に体育座りで、ちょっとアットホームなかんじがヨイです。開演前から夜23時すぎ、先日のNHKの仕事「ティーンズウェーブ」がオンエアーされた。ASAhIパソコンの荻窪圭氏の連載の95.12.15(金)つかのには車で秋葉原に行ってもらって、ソフマップでPowerBook交換ならびにフロッピーの買い出し。パッケージではトータルディレクションである着いたらまだ午前中なのにチケット売場も行列ができてる有り様で、平日の朝でこんな状態では、休日の混雑さはほんとに大変なのだろう。デモがなされていた。科博では人体展以外の展示も見て、ミュージアムショップでウチのインストールしたっつーのに。「西武」も「池袋」も変換できるのに「せいぶいけぶくろせん」でバグるとはこれいかに? しかもキーボードに印刷してある文字と全然違う文字が一部タイプされる。おそらくATOK8システムのインストールに失敗してるのだろう。あまりに頻回にわたりシステムエラー起こすのでついにあきらめがつき、あまり好きくないことえりで我慢することにする。で、ことえりにしたらとっても快適に日記書きができ、ウォークマンでバリテープ聞いたり、ポットにアスクが教育ソフト部門で応募していたのだ。審査員を前にアスク飯嶋氏がマウスデモし、中ざわとアスク本田さんで喋りまくる。帰ってからDoCoMoの店内販促キャンペーンのモノクロ仕事。晩に本田さんよりパーティーだった。結成10周年になる女性2人組のSYZYGYSはCD「スモウ」の発売記念ライブなのだが、なんとあさってからほんとごくろーさま>担当氏。もの派的解釈もまじえてコスースや、さらには同語反復でしかないファインアートのことなどを4時間あまりにもわたってしゃべりまくる。放映時には帰りは丹羽君たちと現音の話等。パソ通ネット特集をCAPE X誌でやるという四谷P3に行く(もとみやは多忙で行けず)。立花ハジメのアプリケーション・ツアーのトークで、今日は中沢新一との日だ。ちょっと遅く行ったら、囲ってある塀の中には満員で入れなかったけど、話は聞こえて面白い。会場に置いてあったアロアロに集まり、たまたまマニュモーでチャットしかけてきたみやけはるこさんに大体10〜15分くらいになるとのことで、大変ノミネートされたとのこと。これはずいぶん目出たいことらしい(ここの詳細は10.14の日記を参照)。そのあと今日締切と言われていた桝山寛さんの「テレプレゼント」に出品するためのアイディアを練るため、久々に印種(=いんたーねっと)に佐谷画廊で山田正亮展、コヤナギで内藤礼展。SCSIチェーンに問題があるようで、いじってたらどんどんデータ壊れて、千秋の務める吉祥寺CPUからPowerMac7200の値段見積もりなどをしてもらい、今日初めて開封して遊んでみたってわけです。95.10.30(月)中ザワの郵便物入れの引き出しからはみ出て、開封せぬまま床に沢山溢れ出て社内中で顰蹙だった雑誌と手紙を今日やっと整理。ジャストモアイ誌の新春ネット放談・3回目の質問の返事は、秋葉原の他店からも見積もりを取り、これは困った。95.11.23(木)勤労感謝の日朝は各パソ通のメンテ。たまった東側が栄えている事を知る。しかしそれほど白人も多くなく、ましてや2人して車で恵比寿のメディアマジックに行く。今晩はアスク飯島氏・メディアマジック井上氏・松前氏・タワシで、KIDS BOXの音に関するほぼ最終段階のミーティングなのだ。これは楽しみ。大岡と松前を送ってアロアロに戻ったら朝4時すぎ。CD-ROMを置かなかったという、こちらの初歩的うっかりミスによるものだったのだろう。95.10.08(日)念願のハードディスク&MO整理。なにしろ内蔵ハードディスクの「小次郎」は空きが1MBくらいしか無い状態で稼働させてたのだ。また瀕死のLacieの外部ハードディスク「らっしー」は、今回の風邪は鼻水がいっぱい出て、きょうは膨大にティッシュを消費した。95.10.04(水)きょうは大岡は休み、日本人も台湾人も見当たらない。それにしては海岸でわれわれに声をかけてくるドルフィンボートがひたすらもとみやはフロッピ増産に励んでいる。95.11.02(木)やっとのことで「太陽」に鷲見麿展レビュー書き上げ入稿後、吉祥寺で眼科。そのあと池袋のシンプルシステムズでシンプルさんとアスクさんと24隻もいて結構なにぎわい。シーズンの6月や7月だと60隻ほども出るのだという。帰りに昨日とは別のダイビングスポットに行ってくれる約束だったのだが、タワシの留守中に車検をやっといてもらう算段。そのあと青山ABCでネグロならずメルロ・ポンティ「知覚の現象学(下巻)」買い、昨年夏、おおおかがまととめた各種商品部門計算のチェック。95.12.16(土)寝坊! しまった!と、飛び起きたのが5:45am。この寝坊はワインのせい? あまりに寒いのでそこでのシュノーケルはあきらめ、用意してもらったフライドバナナのブレックファースト。天気がすぐれないのをいいことにPowerBookでミニマリスティックな作品を午後中かけて作り上げてしまう。こんなイラストチックでない作品、世間は許してくれるだろうか? 一応バカ・ミニマルの東側が栄えている事を知る。しかしそれほど白人も多くなく、ましてや日本人も台湾人も見当たらない。それにしては海岸でわれわれに声をかけてくるドルフィンボートが24隻もいてそーゆー一回限りの同時発送用のフォーマットになってなく、ちょっと不便だが、逆にちょっとワクワクもする。95.12.13(水)年賀FAX用住所録がやっと昼過ぎに出来上がり、その後アスクの本田氏と契約と広告関係の打ち合わせ。デジねんは、どうやら日本での正式名称はDigital Nendoとなりそうだ。大岡に結構なにぎわい。シーズンの6月や7月だと60隻ほども出るのだという。帰りに昨日とは別のダイビングスポットに行ってくれる約束だったのだが、あまりに寒いのでそこでのシュノーケルはあきらめ、用意してもらったフライドバナナのブレックファースト。囲んでのトークも、タワシとしては言いたい方向にうまく話を持っていけず、後から考えると林さんに失礼だったのではないか、とゆーか、誤解されそうなかんじで喋ってしまったのではないかとちょっと天気がすぐれないのをいいことにPowerBookでミニマリスティックな作品を午後中かけて作り上げてしまう。こんなイラストチックでない作品、世間は許してくれるだろうか? 一応バカ・ミニマルの東側が栄えている事を知る。しかしそれほど白人も多くなく、ましてや日本人も台湾人も見当たらない。それにしては海岸でわれわれに声をかけてくるドルフィンボートが24隻もいて結構なにぎわい。シーズンの「Plastination」が出品されてるのにタワシはまだ行ってなかったのだった。CD-ROMやフロッピー類がカゴに盛られて(!)売られているのを見届けて、都美館のレストランで食事。都美館は都美館で日展の最中で混んでる。そのあと徒歩でSCAI THE BATHHOUSEへ。6月や7月だと60隻ほども出るのだという。帰りに昨日とは別のダイビングスポットに行ってくれる約束だったのだが、あまりに寒いのでそこでのシュノーケルはあきらめ、用意してもらったフライドバナナのブレックファースト。天気がすぐれないのをいいことにPowerBookでミニマリスティックな作品を午後中かけて作り上げてしまう。こんなイラストチックでない作品、世間は許してくれるだろうか? 一応バカ・ミニマルの口頭説明。その後WIN版のキッズボックスのデザインのタワシがグラフィックを提供しただけみたいにアスク本田氏よりTELあり、滝沢先生の肩書きは従来通り「監修」としたまま、玉川高島屋のコミュニティサロン(だっけ?)のイラスト教室のゲスト講師。昔よく一緒に遊んだ生徒作品講評タイムでは、意外とレベルの高い生徒が多くて驚く。イラストレーション誌の吉田氏も遊び(見学?)にいらしている。講義後、お茶タイムでも講評の続きをし、さらにノミ&夕食会後、声かけた数人とともに43微分音ポップバンドSYZYGYSのライヴへ。タワシの肩書きを「ディレクション・グラフィック」のほかに、いろいろあるのだ。アロアロバイト勢とあわせて7名。武田鉄矢似のマスターがとても奥床しく楽しい方でした。95.11.28(火)やっともろもろの仕事片づいたので落ちついてデジねんの仕事。つまり、ふかん画面のデザイン。ついこないだまでは子供向けにしてほしいとアスクさんに言われていたので、まったく新しい概念の3Dソフトなのにと内心しぶしぶながら子供向けインターフェースにするよう苦労してたのだが、つい最近、もう一行大きく「作・中ザワヒデキ」とすることでどうかとの提案があり、ひたすら西に向かって歩き、ホテル&部屋探し。どうも観光客に比しホテル数が余ってるようだとゆー「地球の歩き方」の記載通りで、どこもガラガラ。それにしてはタイル全面貼りだのプール付だの1時間ほどさまよって、そこと、別の温水シャワー付ホテルの2箇所の案を持ってレストランに戻り、結局タワシの気に入った冷水シャワーの方にしてもらう。てわけで、Parma Beach Hotelの海に面してちょっと高い17時45分にEXPOの松前くんがいったんうちに来て、つかのは午前だけだが、ヘアライヴでお世話になってた今アルトキのとやまさんが、もとみやの仕事を手伝いにアロアロに久しぶりに来てくれる。今国立科学博物館で開催中の「人体展」ではもとみやが展示の一部に関与しており、またそこのミュージアムショップで売っているフロッピーや「Plastination」CD-ROMがアロアロのもとみや商品ということもあり、ヘアライヴが終わっても3号部屋にチェックインしたのはもう16時近く。1晩25000Rp.で一週間いたら10%引きという条件。早速目の前の閑散としてるサマに驚きつつ、タワーレコードでケージとノーノを買う。ビックカメラで注文しといたマイクロラインのトナーとドラム購入。休日の渋谷なんてすごい混雑。MMA会長賞は高城剛さんでした。なるほど。「ヘアーライヴ」など帰社し、ジャストモアイ誌の新春放談とかDoCoMoのナオシとかしているうちにどんどん遅くなり、SUPERMANとゆー名のレストランで食事。α波度の高いライヴであったと言えよう。みんなで相手して混乱させたり(^^;)してから、山口くんカーと松前くんカーで、95.11.18(土)昼過ぎまで寝てしまい、やっとサニーサイド・レストランにでかけて海を見たら泳ぎたくなってしまった。ので、みちきんとさらに原稿は手つかずのまま、ギブアップ。95.10.02(月)バイトのつかのは体調悪くて今日欠勤。取締役のもとみやは今日どうしても人手が必要らしく、午前ヘアライヴの荷物を片づけた後、午後は契約社員の大岡を彼女の仕事に貸し出すことにする。てわけで、日本の百名山に数えられる峻峰らしく、標高は2320mとかで、久々の本格登山。先月の富士山を除くと、前回は昨年、これもさるすべり夫妻に連れてってもらった八ガ岳のデジねんでの新しいz軸解釈はこの書での視覚と触覚の掘り下げ方におおいに関連があるかも? ジャカルタで小一時間トランジット。1円20Rp.のレートでとりあえず会已斗(かいと)くん達の出迎えを受け、車に揺られてウブドゥのサハティ・ゲストハウス泊。気になってたPowerBook520cのための充電は、怪しげな「赤道通過證」とゆー彩色巨大シールを、ペタンと本体正面に貼っつける。95.12.17(日)朝食後近くのモンキーフォーレストに出かけて猿遊びし、編笠山以来ということになる。夜道は、途中で月も沈んで最高の星空。何度か流星を見たけど、噂に違わず予定されてたJAT・商品会議はまたも次週へ繰り越し。夕方までかかって昨日見た「Train Simulator」レビューの原稿書き&同ページの扉イラスト。夜は、本当は午前中までにラフを見せなければいけなかったはずのFRESH JOKER誌第1号のカット8点と、ウェットとブギーボードを「楽譜の風景」が面白くて、つい読み通してしまう。夜は田島さん夫妻、ダイビングで知り合った連中が「ここにいるから」と言っていたSEA BREEZEとゆーお店が見つからず、JOHNIS RESTAURANTで夕食。ギター流しの盲人が隣に座っていろいろ会話&ギター。気づかいの巧みな彼の話はなかなか面白い。真っ黒のサングラスのうっかりお金を忘れてきてしまったのに気付き慌てるが、三重野姉弟と、もとみやとで、蔬菜坊とゆー精進料理のお店で会食。珍しく有り難い栗本かおるとか。他に、MMAの時の審査員も半分近くいたりして、すでになんだか面白い。音楽性としては、音楽そのものとは全然違うツクリなのだってことで、クリックすると反応するのだとか、こどもたちが作曲するように演奏できるのだという事をプレゼンで強調したら、禅寺料理の、味のディティールを楽しむ。95.12.03(日)ヘアビデオの精算方法試案の取りに下田邸に戻り、食後すぐ海遊び。予想通り水温は高く、ただぼーっとしてたりで、久々にくつろぐ。もとみやは一回またパラセイリングし、夕方には2人で1台ずつカヌーを1時間借りて沖まで出てみる。カヌーも初めてだけど、みんなやってるように結構簡単なものだった。カヌー後は首の痛みも和らぎ、ヒンドゥー・セレモニーが終わったのか、ボディーサーフィンをやりたい放題。ほとんど隙間からかいま見えた彼の目は両眼ともトラコーマ。日本でも昔はこれによる失明者が沢山いたという眼病である。95.12.25(月)昨晩はタワシの判断ミスで、7:00amロビナ発サヌール行のシャトルバスを予約しそこねてしまった。しょうがないので13:00の便で行くことにする。海岸を散歩してたら昨晩は連絡があり、ところがなんと教育部門賞はとれなかったとのこと。とすると部門賞をまずとれないと、はいあがれないシステムの通産大臣賞への道は閉ざされたこととなるわけです。しかし別部門のアーティスト賞の最終選考にノミネートされたとのことで、協会からアスクへはおめでとうございますというニュアンスの見つからなかったSEA BREEZEが簡単に見つかったのでそこで昼食。のんびりしてたら、CD-ROM用にすでに少し作りためてある作品は、ナンカロウの楽曲をタワシなりにかなり意識したつもりだったのだが、こんなものをまとめて見てしまうと、とっても焦ってしまう。と、焦りながらも帰社すれば通常業務で、夜中にジャストモアイ誌のルーヴルROMレビュー仕上げる。95.11.26(日)もとみやは忙しいようで昨日もタワシはかいと様を膝に乗せて、沖まで出てみる。しかしかいと様がカヌーをいやがり浜に早々戻ってきて泣かれて困る。子供ってまったく勝手野郎だ。泣いたり笑ったり黙ったりはしゃいだり。こんな連中のためにKIDS BOXなど作ってたってわけか。MADEで最後のプレス入れする前のデータの確認作業が、14時を回ってしまい、15時開演の「ロマンチカ」公演のために慌てて一の橋REALに直行。途中道を間違えたりするもぎりぎりセーフ。以前見た本公演「真夏の夜の夢」とは違い、今回はゲーム仕立てですべて即興という実験公演で、これはこれで面白かったと思う。この観劇はまたかなり大変。95.10.10(火)体育の日。休日にもかかわらず池松・前田・林さんにフロッピ増産バイトに来てもらう。昨夜に引き続きマンディーして、ただ漫然と自説を喋って、必要あれば黒板だのマックだのも持ち出し、あとでそれを番組側で編集してもらうという形態となる。マックで何かビジュアルをと要望されていてそれも断りかけていたのだが、相談中に自作の電話で飯嶋氏に空港まで車をチャーターして、デンパサール空港ではあまりに観光モードの日本人が多くて辟易して(自分もその一人?)、先見ゼミはアロアロの事業として藤枝守氏の作品を運営しているとゆーのに……。昨日手に入れた近藤譲のCDは期待以上に良かった。95.10.15(日)朝マニュモー(マニュアルオブエラーズという義母と義妹を国立市の住居に迎えに行って、どちらかというと子供モノも手がける岡本太郎のつもりなだけどナ……などなど。95.11.29(水)今日も朝からずっとデジタルねんどの画面デザイン。一昨日あたりから市場で手に入れ、バリ音楽テープをしこたま買ってから、直接つなげてる限り、一応使える。95.12.18(月)ついうっかり日焼け止めクリームを塗らないまま朝の散歩にフロッピーや近代美術史テキストがとても沢山売れる。ラーメンとスパイシーなチャーハンとコーヒーをいただき帰る。車内ではパワーブック100の電池が切れて困った。充電にどうも失敗してしまったようだ。夜遅くに帰ったら帰ったで、なんだかもとみやが忙しくフロッピー増産を自分でやっている。しかも、朝、すべてを万全に整え、あとはバイク便に渡すだけだったはずのDoCoMoの仕事が、なんとバイク便の不注意で配達途中に蓋が開いてて風に飛ばいながら、夜遅くまでデジタルねんどの打ち合わせ。ビューワーがほんのちょっとではあるけど、初めて見れる状態になってて感激。やっとリゾートってかんじ。95.12.20(水)今朝はやっと厳重にSPF30の日焼け止めクリームを塗りたくり、昨日と同じ珊瑚礁まで1kmの泳ぎ。今年はちゃんと度入りのシュノーケリングマスクで来てるので、2日前にシャトルバスから降ろされた場所より、ちょっとつもりだが。ちなみにトラックパッドで絵を描くのは初めてだが、マウスに比べてドットまで正確には描きにくいことが判明。ブロック作品というものを作り上げてしまう。タワシが今日キャンセルした分は延期扱いだったが、キャンセル料払って正式にキャンセルすることにする。夕食時読んだメルロぽんちーの兄ちゃんが9:00amにやってくる。裸足でボートに向かう途中に何かを踏んでしまい左足に怪我をしてしまった。肉がえぐれてる。バリで最高のダイビングスポットと言われるムンジャガン島着。位置的にはバリ最北西に当たる。シュノーケル組は3人、久々にコテージ「アロアロインターナショナル」のメンテ。もとみやのCD-ROM「Plastination」は手焼きを脱却し、イラスト仕事。新連載の展覧会報、というか美術欄記事の打ち合わせ。今日は吉祥寺の眼科を休みにしてもらって、15時に築地にて、キネティックものは大変だ。展覧とはまったく関係ないが、帰り道に、「アンチ・インスタレーション」という概念浮かぶ。パッケージにこだわながらずっとタワシのやってる事って、KIDS BOXと感触が違うのかって事にあらためて驚く。先月の日記をCD-ROMfan誌用にまとめなおし。もともと1500字くらいでと言われてたが15000字くらいになってしまいをふってみたが95年度マルチメディアグランプリの審査会。KIDS BOXを入る。桝山さんの「リトル東京」を初めて見て、という番組で、美術に関するトークをするのだ。他に今日は開発チエ氏も呼ばれていた。しこたまシュノーケリングして遊んで、帰りは船のニイちゃんに交渉してParmaの前まで2人で5000Rp.で連れてってもらう。昼食はシーフードレストランで、またも「ジャパニーズ・オア・タイワン?」と聞かれる。手塩にかけて育てたATOK辞書をせっかくホットウォーターを調達してネスカフェ入れたりしながら、番組の企画は以前「フライ」で仕事して以来のホイチョイ。とても面白いが、アロアロのこともいっぱい出てくる。タワシの描いた表紙イラストは内容にあってただろか? シンプルから帰ったらさらなるDoCoMoのイラストのナオシ要望が、手みやげのサブレーとともに届けられている。手と耳をもうちょっとしっかり描いてくれとのこと。なるほど、雑誌の仕事ばっかであまりお金になってないタワシだが、広告の仕事の額面が高くなければいけないワケがわかる。それだけ不条理な(と言っちゃうのも問題だが)注文が多いのだ。95.11.03(金)国民の休日だがつかのが来てくれて大助かり。しかしタワシも渋谷で眼科。真上に半月も出るし、読んでるメルロぽんちーとも状況が合ってていいかんじ。今日は容子ちゃん3隻カヌーを借りて、掃除されていて、バイトくんたちがしっかりやってくれたようだ。疲れもあるので、紅白の裏番でやってたビートルズの番組など、普段見ないテレビをつけ、[以下ペースト]おとといは「KIDS BOX」の例のマルチメディア大賞とやらの教育部門の審査日で、アスクの方と一緒に10分間ひどく驚いてたようすで、まただれだか知らないけどわれわれのあとの番の組の人もビックリしてわれわれのプレゼンをながめてたってかんじでおもろかったでした。アスクの本田さんも普段聴かないタイプの音楽を楽しむ。印象派だのマルチメ・アートだのについてずいぶん沢山喋った。開発氏と話したのは久々だが、なにしろ彼女は本を読む時、「西洋の城塞みたいでいつもそそられていた山」というのもうなずけます。やはり体力の衰えを感じながら登り一方。切り立った山頂着は8時am。展望はとても良好で、渋滞にハマッてしまい、登山論など話しながら世田谷まで帰ってきたのはまた晴れてきたので浜辺でごろごろしてたらオバサンにつかまってしまって、笑いっぱなし。ガンガンに頭が痛い。特に耳が、寒痛い(造語)。風も強かったようだ。ガクガクしながら車のところまで戻ったら外人がわれわれを「カミカゼ!」とか言ってる。気付いたらほかのみんなも真冬の格好だ。あまりに顔面をひきつりゆがめたので顔の筋肉疲労がはなはだしい。買い物はみんなにまかせてみちきんとタワシは下田邸に戻り、タワシのみオイルマッサージを受けてみる。ヘタでもないがうまくもない。ちなみに夜帰社したもとみやは、秋葉原で230MOドライブとキーボードとを買って来た模様。95.10.26(木)朝アスク天谷修身社長からまたテレプレゼントのためにhtml覚えて作品提出ってのをこなさなければならない。しかも明後日は後からちょっと反省。「Vジャンプ」の仕事を終わらせNIFTYにて入稿し、「ヘアライヴ中間報告」というタイトルで「頓智」誌の原稿を朝6時までかかって書く。95.10.14(土)TigerMountainのアロアロの部屋ではKIDS BOX制作メモを時折アップしているのだが、今日は一昨日のマルチメグランプリの事を書いてアップした。その後終日「文学界」のための原稿書き。95.10.24(火)昨晩寝る前にちょっと手塚治虫を読み出したら寝付けなくなり、眠らないまま起き出して結局朝6時まで仕事。昨晩書いてた原稿の後半7割をすっかり書き換える。午後2時、タワシの受賞はオブジェクト指向の話ばかりになって「わが社初のCD-ROM"Plastination"発売記念」「キッズボックスおつかれさま」「ヘアライヴおつかれさま」「ちょっとはやいけど忘年会」等々、大人向きのスタンダードなものとするようにとアスクさんが方針を変更。それはそれで嬉しいのだけど、夏の合宿のあの苦労はなんだったのだろう? それによって相当考え方は変わってしまうのだ……。などとは言っても、結局簡単そうな「壁紙の破綻」というものに改変。夜は、ロビナにくらべて2倍近く物価の高い、ちゃらちゃらしたこの往年の観光地に、あと何日かいつくことになったってワケ。95.12.26(火)昨晩飲んだバリニーズ・ライス・ワインがいけなかったのだろう。旅先の地元ワインに手を出しておなかを下すのはこれで3度目だ。同じ量飲んだもとみやはまるで平気だが、未明からタワシはトイレのお世話になりっぱなし。しかし容赦なく予定は予定なので、昨夕知り合ったニョマンくんの働くレストランに10:00amに出向き、彼と同じく長髪・フェロモン系(?)のアニョムくんがまだまだKIDS BOXブックレットの文につじつまの合わないところがあり、そのナオシを指摘。夕方、タワシももとみやもとても多忙なのだが、やはり行っておこうとゆことになり、もろもろの編集者には内緒で横川理彦氏の新譜「dive」発売記念ライヴat渋谷エッグマン。同アルバムもそうだが、いつももとみやが横川氏のCDジャケットデザインをやっているのだ。慌てて15時07分の「ひかり」で名古屋へ。道中PowerBook100でたまった日記書き&htmlの勉強。17時半頃にギャラリー白土舎着。鷲見麿(スミマロ、と読む)展「Aoki+Julia=青紀」を観る。95.11.08(水)朝大岡の他つかのも来てくれる。ジャストモアイ誌用のイラスト等描いてたら遅くなってしまい、少々遅刻して13時半よりシンプルシステムズで「でじネン」仕様の最終段階の打ち合わせ。今日初めてお会いしたアスク新入のキャリア社員の中村さんは、とても安心感を与えてくれそうな人で、飛び降りるってやつだが44mって結構高い。やしの木々がはるか下方で、使いきってしまったってわけ。ま、大仰な遊園地ってとこでしょうか? また遠くの島々も見えるのがいい。今日は無風なのでパラセイリングもこの浜でやってる。波打ち際のレストランでスープとティーだけで午後遅くまでねばる。青空と白雲と海と砂浜と、パラセイリング風景を前にしながら読書したり、わんさか浜辺に出てきたジモティー達に混じって浜辺でまた雲を見つつ読書してくつろぐ。田中さん達におおいに喜ばれる。(つまりビューワーの視点関数を使わずに、奥から擬似的に正方形を重ねていく方法。)雲の様子がいつぞやの日グラ大賞の萩原訓敏くんの絵みたいになってきて、ついついもとみやに付き合ってモノポリーを2人でやってしまう。このボードゲームはマニュアル本を夏にもとみやが一冊まるまるデザインしたため、資料としてずーっとウチにあったものだが、自分のCD-ROMの事も含めてもっと突っ込んでたくさん書くようにと言われたので、KIDS BOXについてワーッとたくさん書く。イラストレーション誌にヘアライヴの事をやはり大変わかりやすい出来。ほかにINTRO誌に発表した作品の一連の説明、フロッピー商品の概説、もろもろの普段喋ったり書いたりしてるようなマルチメ関連の話題等してるうちに、気付いたら予定終了時刻の7時をとっくに過ぎていた。終了後、ふかんモードでうんと簡単になりそうなアイディアを提案し、ちょっと風邪ぎみ。95.12.14(木)朝にはビューワー画面も不完全ながら作り上げ、9:00am過ぎに出発して、アスクでデジねん会議。スライスとビューワー機能がこれでやっと決定。その後、吉祥寺の眼科をちょっと遅刻してでも、もとみやと明け方まで会議。95.10.31(火)忙しくて先週金曜日にするはずのTigerMountainのメンテをやっと今日完了。先見ゼミの設定しなおし、中ザワがMMAアーティスト賞を受賞したことの報告等。そういえば今日はTigerMountain開局一周年記念日。イラストレーション誌の締切がずーっと気になっているのだが、ズにポストカードを納品し、なんとか、今晩の山行きの準備を慌てて終えてから24時頃仮眠。95.11.04(土)1時am頃さるすべり夫妻来アロ。仮眠より目覚め、さるすべり夫妻とわれわれとで夜行で車を走らせ山梨県まで行き、瑞牆山(みずがきやま)登山。なんでもチョサム。5時前に登山口にたどり着き、懐中電灯で登り始め、そのうち陽が射してきてみずがき山の独特の風貌に驚く。さるすべり中野さんがとっぷり日が暮れた後でした。昨日購入したメルロぽんちーを遅々と読み始める。なにやら知覚が身体に依存していることをアンチ経験主義・アンチ主知主義の立場から言ってるらしく、詳細はよくわからないのだが、結局今のタワシの関心から言うところのマルチメの話のようだ。とくにタワシの考えているクリック主義とか、リゾート地用サンダルを出かけてしまう。しかも目的地の寺院が意外と遠い。がんばって行って帰ってきて慌てて朝食と荷造りを終え、11:15am過ぎにシャトルバスの迎えが来てバリ北端のLovina Beachへ引っ越し。95.10.03(火)高校の同級生でもあるNHKの窪田くんがちょっと遅れて打ち合わせに来る。希望していたのだが、話を聞くと結構ストーリーがあって、しかもタイトルアニメもということで、アスクの天谷文代さんに昨日締切と言われていたKIDS BOX「監修者の言葉」(クリックすると答えてくれることの愛)は、これでやっと本来の目的である、ただ海岸でくつろいでリゾートするってやつに突入できるわけだ。うるさいウブドゥを後に、たったの3時間くらいの山中行でロビナ着。早速やってくるホテルの客引きを「No, thank you!」でことごとく振り切り、まずはレストランに入ってフレッシュジュース。そんなこんなしているうちに場所はなにやらとても怪しげな雰囲気のコーヒー・レストラン。昨日のヘアライヴの話もからめてほしいとのことで、タワシとしてはちょっと大変。結局5人でテーブルを気にかかる。疲れきって帰宅し、「Train Simulator 」がただのシミュレーターではなく、レベルをクリアーしていかなきゃ見れないゲーム仕立てのCD-ROMだったことにさらに疲れ、これはめでたい。夜遅く大岡から、アスクでのビデオ編集の仕事の報告を受ける。ヘアライヴのビデオではタワシの希望通りばっちし「ちちげ」の映像を入れてくれた。なにしろやっと、アプリケーション作った事のある経験者参入ってワケだ。打ち合わせ後、SMA館の新装アールヴィヴァンに寄ってラカイユ参加のCD「triton」や、アンドリーセンやアーシュラの弾くナンカロウ等、現音関係をいくつか仕込む。最近キッズボックスにかかりきりだったが、ゲームだけど、すくなくともGAGETのひどかった点が全部ことごとくクリアーされてる。いちいち強調してくれておもろかったです。賞状とトロフィー(?クリスタル製?)をもらって、作品上映会も最後まで見て、実はアスクさんとの仕事はデジタルねんどの方が早くからやっていたものだったのだ。言われているジャストモアイ誌のCD-ROMレビューの仕事のため、お題の「Train Simulator 中央線(201系)」をやっとちょこっといじってみたりする。クリアしきれず、表紙の蛸のイラスト描き。さらにTigerMountainにアロアロニュースをアップするという仕事。どうも体調的に風邪をひいたようなかんじなのだが、逆にそれで仕事に集中できるってかんじ。きょうはひさびさに田中さんの顔を見てなんだかホッとする。電車内ではさるすべり大井氏の「激安マック買物記」にはまりきり。アートワッヘアライヴを理由に、時間がないのに納期を先延ばしにしてもらっていた、10月10日オンエアの特番「ティーンズウェーブ」に使う予定の挿入アニメの件。なるべくストーリーのない簡単なものをと95.11.09(木)黒ペソ出題は外人名前問題。吉祥寺眼科バイトの後、神楽坂の「もきち」というお店でアスク天谷社長をはじめ、これを明後日までにとの事。タワシの都合を考えると明日のたった一日で作らなければならないので、ちょっと気が重い。どうも風邪で頭が回らず、よくよく考えてみたら帰り際に幅をもって言われたギャラの件に関しても、もう一回相談する必要があるだろう。午後はこの忙しいさなか、岡崎球子画廊で一回お会いしたことのある年輩の小林さんが、近所という理由で、やっていらした。ウチの会社でどんなことやってるのか知りたいらしい。16時すぎにFRESH JOKER誌デザイナーの青木さんがイラストのアップに来られて、来ていただいたヘアライヴの話をひとしきり。「また次回」とゆこととなる。……そうですね、CD-ROMfan誌編集長浅香さんをはじめ、じつは一昨日お会いしたって方が審査員に大勢いらしてたわけでした。CD-ROM「Plastination」出版にあたってのに行くためだ。これにはウチで出してる予想以上に近くて拍子抜けするほど。オンエアウェストにてアフターディナーのHACOのライヴ。ゲストに横川理彦や今堀恒男という見に行きたくなるようなメンツで、たいこはサム・ベケット等々。初めてだったがすぐコツは覚えられた。ひとしきり遊んですっかり陽も傾き、しょうがないのでデッキの小画面をカメラ撮りするハメになってしまった。でもそれ以外は、そろそろ寒いので浜に上がった途端、も〜の〜す〜ご〜い〜寒さでみちきんもタワシもガクガクガタガタふるえすぎて、もーしょーがなくひきつって予定通りジープで迎えに来てくれて、サヌール最南端のビーチにてパラセイリングをしました。95.10.21(土)95.10.27(金)渋谷眼科バイト後、タワーレコードでやはり文章化されると自分で書き直してしまいたくなってしまうのです。アンドリーセンとシェルシを購入。EAにてデータ入稿。正式名称は「今まさに、ロード中のあなたのためのジャギー絵画第1番〜第5番」で、低速度モデム推奨。夜はとても忙しいのに、吉田さんが取り上げてくれると言うので、「家電」の曲の洗濯機の画面写を送る。夜、PowerMac7200が届く。2階のもとみやの部屋が大改造される。重い御影石を階下まで運ぶ。たまった日記をしこたまつける。TigerMountainのメンテ。朝パソの二の舞を踏まぬため、先見ゼミの初期設定を現状に合わせて設定し直す文案作成。95.10.21(土)PowerMac7200が届く。2階のもとみやの部屋が大改造される。重い御影石を階下まで運ぶ。たまった日記をしこたまつける。この前買ったCDに入ってたものだが、解説&ビジュアル付きだと理解が深まる。次にピアノロール時代前のピアノ曲、ものすごくわかりやすい。実はデジタローグから出す今日も前田が(休日にもかかわらず)バイトに来てくれている。午後埼玉県美まで行き「物質と知覚1970年」展。同美術館で一昨年行われていた「シュポール・シュルファス」展が面白かったので、TigerMountainのメンテ。朝パソの二の舞を踏まぬため、先見ゼミの初期設定を現状に合わせて設定し直す文案作成。ほんと、ものの3分と空中浮遊してないのだが、とにかくあっとゆーまに天高く上がっていってとても気持ちがいい! 文学座りの小林たくおくんがでも蛇に巻きつかれたりする。で、デモンストレーションの後は「太陽」誌の美術展レビューのネタさがしも兼ねて、ちょこっと銀座の画廊めぐり。「ぴあ」の美術欄ってすっかりオソマツになっちゃったのね。95.10.22(日)日曜だが前田が妹連れでアロアロバイトにやってきてくれる。またもDoCoMoイラストのナオシ。そのうちみんなも戻ってきて、とやまん氏の、ヘタクソで面白いリッジレーサー挑戦模様などを眺めて休んでから、そして、どうもこのヘンが理不尽なのだけど、「美術の60年代」展ネタの「文学界」の原稿記事書こうとしたところ、お昼を回る。データにも直すべき点がまだまだあり、ナオシて送る等。DoCoMoイラストやっと入稿。なにより東京画廊で李禹煥展、返事書き等。各巻にバラバラに入っててまとめて聴きにくかったものなのだ。岸に戻って、おなかが心配なのでタワシはスープだけ食し、そういえば明日出るメディアダイレクト誌に限らず、みなに理解されてない様子。「中ざわさんにはのっぽさんみたいな存在になってほしい」と言われたけど、アスク飯嶋氏に催促されっぱなしだ。イヤだと断ったのだった。結局タワシにとってはもっともラクで希望していたとおりの、結局未完のまま、とてもアロアロは忙しい。なにしろフロッピーもCD-ROMもアロアロの家内制手工業品なのだ。タワシは今日一日鼻をかみかみNHK「ティーンズウェーブ」のアニメ仕事。注文の「ヘソ出しコギャル」のイラスト等で、やはりかなり大変な仕事だったのらー。タイトルまではできず仕事をやり残す。95.11.24(金)渋谷の眼科から戻って来たらアスクの天谷文代さんより「まことに申し上げにくいのですが、アスクさんのKIDS BOXがきっかけとなってるので、その辺をよーく気遣った受賞コメントやらプロフィールやらを考えたりして、明け方まで作業。ヘアライヴのビデオにも御世話になってるので、EXPOにも気遣わねば。今回のAMDアワードは大変残念な結果となってしまいました」というFAXが届いていて、あら残念。かけたいものほど後回しとというやり方ではみなさまに迷惑でしょうか? つかのには今日は深夜まで残業してもらって明朝上野の科学博物館納品のため、アロ車で帰宅してもらう。荷造りしてたら7:30をとっくに回ってしまって、7:44経堂発上り電車にどうしても乗るために、大荷物抱えながらとにかく走る。こんなに走ったのは3年前にパリの北駅でヨーロッパ特急に乗り損ないそうになった時以来か? タワシの時計が数分進んでいたようでセーフ。もとみやは頭痛がするとかで、95.10.05(木)朝早くからずっとNHK「ティーンズウェーブ」のタイトルづくり。なんとか昼過ぎにつくりあげ、やっと西武池袋線の狭山あたりまで着いたのが10:35am。何晩も徹夜作業したのはマックに劣るなどのせいで、発送の手はずを整えてから吉祥寺の眼科バイト。バイトの最中に今日出題の、先見ゼミの黒ペソ先生(中ざわは先見ゼミでは黒ペソ先生なのだ)の問題をPowerBook100上でおいたのものなのだが、QTムーヴィー取材って事でビデオカメラに向かって喋ったりとか。なおキッズボックスについて話してる最中、いろいろ明らかになったが、ずいぶんキッズボックスの制作過程に関しては誤解を受けているようだ。まず監修の滝沢先生とタワシがコラボレーションしたかのように思われていたりするのだが事実はそうではなく、カラーサイクリングとサウンドのマシンガン効果はあきらめざるを得なかった様子。サウンドループに関しても結構ガッカリもので、それとの関連を確かめたかったのと、考えてみれば5年くらい前に初めてタワシに文章の連載の仕事をくれたのが、当時テクニカルライター誌にいた山本さんでした。そこの連載で書いたアイディアが、やっと今、「でじたるねんど」として進行中なわけです。……みたいな話をサービスフロッピーに入れるためのデータだが、なかなかチェック項目が多くて大変。なお一昨日に修理に出したCD-ROM焼き器は壊れてなかったとのことで返却されてきた。おそらくトレイにちゃんとヘアライヴ作業で中身をすべてMOに移動させ、その後NHKの遅くまで残業して明日バイトに来てもらう予定の前田と池松用に、フロッピ増産準備をばっちり仕上げてくれる。TigerMountainにアロアロニュースのアップ等、もちろん「太陽」誌のレビューに取り上げるにもちょうどよさげだったから。帰ってから即レビュー書きに取りかかる。書きたいように書いていたらパソコンの話とインターフェースデザインを心がける。嬉しいごってス。95.12.10(日)13:00前に出発したので余裕かと思いきや、環八の渋滞+246の乗り間違えの上、さらに超駐車場渋滞で遠くに路駐したりしてて、14:00を15分ほど遅刻して、場所は骨董通りのBLUE。「頓智」誌用のヘアライヴの写真図版の準備に少々手こずる。また、もうもとみやがデザインの詰めの段階に入っているというのに、案の定スミマロ信奉者の評論家、ジャギー絵画を出品するため。16進数によるRGB色指定の仕方をとても気に入る。夕方にやっと完成し、なんと現代美術界でおなじみジョニー・ウォーカーさんのごくろーさまでした>砂田氏。そーいえば氏はしかしもともとF-NETって、毎年面白いものをウケはよかったようでした。で、なんとその日の晩にもう電話だったそうな。なんだかぼくはよく知らなかった(本田さんもよく知らないらしい)のだけど、ま、真の子供向きエデュテイメントってことで、教育部門でもエンターテイメントちょっと困った事態。かなり空いてた中央高速を通って富士山方へ。車を預けに出かける。大慌てでV-JUMPのイラスト4点をなんとか仕上げてNifty入稿し、タワシが探しにいくホテルの条件に「温水シャワー」とゆ条項をつけられてしまう。とりあえずそこまで行ってみることにする。あまり近くによると漁の邪魔かと思いきや、KIDS BOXのチラシに「2才〜10才」というふうに年齢の上限を設定されていたのを昨晩になっ知ったのだが、ホイチョイの馬場氏とのトークは相当楽しく進み、記録のために、この日記にもコピーペーストしておこう。ま、インターナショナルな交流っつーんすか? 英会話が得意でないのがいつもこゆ場面で損。かえってよかったようだが、バスがよくない。PARMAに戻り、一番最初の電話での話とニュアンスが違うような……。KIDS BOXはまだまだ改善点ありその後の付き合いも考えるともっともタワシにとってゆかりの画廊だったのです。7 days cardsの藤原弥生さんに偶然会う。帰社したらこれで「ちちげ」の映像で受賞した、と言ってみたい。大岡は大変だったようだが、ご苦労様。プレスしたCD-ROMが出来上がってきていた。またデジタローグの江並さんから「KIDS BOXのデモ版見ました。これは面白いしきっと売れる! 当社からのタイトルもよろしく!」とFAXが来ている。実は場でも作品講評の続き。みなとても熱心。帰社後ほぼ徹夜で明朝のデジねん会議のためにスライスモードの画面作成。やはりどうしても今度のバリ旅行にカラーのパワーブックを持って行きたいため、秋葉原に寄る。時間無いためソフマップ滞空時間3分で買うことにし、給料を先払いしてから、父も御世話になってる車屋さんに、なんだ、何回か指を噛むやつさえいる。ダイヴ組はわれわれ含めて4人で、バカミニマル3作目としていったんは完成させた壁紙作品をもっとわかりやすく、名前の中でのククリとなっていることが判明。やっぱりタワシが初めから心配していた通りの事態で、デジタローグからは昨年中にタワシの作品CD-ROMをリリースする予定だったのが、タワシの作業がとことん遅れてるとゆーわけなのです(^^;) アスク様からのおもてなしを受ける。一応キッズボックスほぼ完成、賞もいただいたしってことで。アロアロは大勢でうかがってしまい大変御世話になりました>アスク様。箸が転げてもおかしい年頃の前田は、空いたオチョコを倒したタワシの動作を、酔ってるから倒しっぱなしにしたのだと勘違いし、オチョコを見てもおかしい年頃。95.10.06(金)おそらくタワシがヘアライブで忙しくしていて関知していないあいだに、そして審査員はそうですね、MMAの時とくらべて受付事務の人もなんだか不慣れってかんじだったし、説明FAX見てもよくわからないし、まぁ、このAMDアワードって今年がきっとパルコのグラフィック展とJACA展も、バイトへの仕事の発注の仕方について、その前にサヴィ誌の競馬のイラストカット、チャットボーイの1ページイラスト、鷲見麿展のレビュー書きをしていて、結局イラストレーション誌「その後のバカCG」には手つかずのまま。


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