1996年02月のまるちめ日記(96.02.01〜96.02.29)

96.02.01(木)
チョサムなので医者時代に使っていたコートを引っ張り出す。何年も使ってぼろぼろの鞄は今日から新しいバッグに替え、新富町の澤田さんの事務所訪問。準備時間がなく行きの電車の中であわててレポートづくりしてからの訪問となるが、可能性はあるようで、仕事をお願いすることとなった。その後吉祥寺の眼鏡屋さん付属の眼科の、最後のバイト。(おそらくリストラで)コンタクトレンズ部門がなくなるのだ。この眼鏡屋さんには6年くらい御世話になってただろーか? 記念にという事でサングラスをいただく。

96.02.02(金)
早朝より起きて「太陽」誌レビューやっと完成。MOTの「日本の美術/よみがえる1964年」についてで、素材となる展覧会はいまひとつだったものの、レビューは面白く仕上がったかもしれない。渋谷の眼科後、枝先生を訪ねてから帰社。昨晩NIFTYでアスクの中村さんより送っていただいた、見本とすべき最近のツール・インターフェース画面がわかりやすかったため、今夕に予定されていたアスクさんとのツールデザインに関するミーティングは不用となる。デジねん広告のためにサルブルネイがダミーで作ってくれたウサギのFAXが届いていて、なかなかかわゆい。マックエキスポでデジタローグとボイジャーその他の6社合同ブースで売られるアロアロ商品は、今年もセットにしなくてはならず、その設定をつかのに残業してもらいながら行う。

96.02.03(土)
ケラさんの演劇活動11周年記念本へのコメント。3月19日からデジタローグギャラリーで個展を行う事になったもとみやの、パブリ用作品写真撮影の打ち合わせのために小貫くんがやってくる。21時より吉祥寺のディスクユニオン店内での、エトロン・フーの6弦ベース、フェルディナンの急遽決定無料ライヴに、前田もあわせ3人で出かける。ライヴショーとゆよりは、お勉強会チックで地味。

96.02.04(日)
小貫くんと前田が朝から来てもとみやの作品写真撮影。タワシはずーっとデジねんの画面ツールデザイン。浮き上がった感じの立体ツールアイコンにしなければならず、また今までなんとか大きく縦一列に入ってたものを、どうしてもスペース足りず縦2列とする。そしたらだいぶ普通っぽくなって、初期のプリミティブさはなくなったけど、ま、これならダイジョブだろか? ほんとはこーゆー1ドット1ドットのツジツマ合わせみたいな仕事も嫌いではなかったりする。ツールの画面デザインとはいっても、ツールのアイディアと密接に関係するのでいろいろ考えなければならないところも多々あり、明け方まで働くも終わらず。

96.02.05(月)
デジねんの画面ツールデザインに結局16時ぎりぎりまでかかりっきり。なんとかふかん画面のデザインが出来上がったところでアスクの中村氏と飯嶋氏見え、ツールデザインに関しては問題ないと言ってくださる。気になっていたデジねんのククリについては、その後アスク社内では「やはり3Dと称するのはやめ、必要なら3次元となるべく言うようにしよう」との方針になったとのこと。取扱説明書を手がけ始めている中村氏に、できれば「デジねん発案・監修者の思惑」みたいなくくりで、巻末に付録でこのツールの美術史上の意義みたいな事を書かせてくれないかと御願いする。このデジねん、未来派理論のツールでもあり、ついつい「Futurismo」の画集など引っぱり出して鳥のつらなってる奇天烈なブロンズ彫刻など見たりする。飯嶋氏は明後日から、中国に攻められるかもしれない情勢の台湾行きとの事。
 20時近くになってアスクの天谷社長と本田氏いらっしゃり、キッズボックスとデジタルねんどの契約条件についての話し合い。こちらの言いたかった事や希望は一応理解していただけた様子で、検討してくださることとなる。その後3人で近くの「天ん洋」に行きごちそうになる。「キッズボックス・ピピン版」が、やはり出る方向で動いているとのこと。

96.02.06(火)
昨日のデジねんツールデザインの手直し。具体的には回転ツールのサイコロ&ボタン。朝日パソコン誌での荻窪圭氏の「不良少年のパソコン学第3回/98ユーザーのためのマッキントッシュ入門」の第31回最終回イラスト。同連載では引き続き第4回をまたやる事になってます。キノトリ氏よりキッズボックス買ってちょーはまってるとのFAXあり。

96.02.07(水)
池袋の喫茶店ネスパにて増田先生と先週に引き続きミーティングし、CD-ROM「Plastination」関係の残飯整理。リブロで「國文学/日記」「新文学入門」、アールヴィヴァンでクラム、ポール・ランスキー等購入。デジねんツールデザインの続き。本田氏とのTELの中で、氏曰く「最近、ねんどというメタファーが気になってきてる」との事。たしかにツールをいじってる感じではペイントツールそのものでありねんどでもブロックでもないわけで、しかしとても面白いのは確かなわけなのだけど、「ねんど」という言葉の第一印象からはつぶしたり、ひっぱったりできるようにユーザーが期待しちゃって、実際そうじゃないって時にがっかりされるのが非常に悔しいとのこと。それはそうですよね、確かに。一年前、われわれの最初のミーティングでアイディアを話した時も、「メタファーとしては違いもあるけど、物質感という意味で『ねんど』」とタワシが言っていたはずなのに、みごとにプログラマーさんたちには「ぐにょぐにょできる3Dツール」という印象で伝わってしまっており、次のミーティング時にわざわざタワシが「ブロックにむしろ近い」などと言い直さなければならなかったわけなのだから。堅いネーミングとしては「ボクセルペイント」あたりが真実に近いのだけど、とにかく最終段階でのネーミングは保留としたまま、広告はすでにデジタルネンドと打ってあるし、マックエキスポでもデジタルネンドの名前で、とにかくやるってわけです。

96.02.08(木)
朝からデジねんツール選択時の反転パターン作成にかかりきり。朝の内に第一段階をNIF入稿。昼前に荻窪圭氏と朝日パソコン誌石川氏見え、次の荻窪氏の連載「不良少年のパソコン学第4回/愛と勇気のマッキントッシュ入門」でのイラストの打ち合わせ。担当が変わって一年以上FAXとメールでしかやりとりしてなかった石川氏とは、実は初対面。ちなみに同誌で荻窪氏の連載にイラストを付けるのはJAT創刊前からだったから、足掛け5年目に突入しているってわけか? この連載では荻窪さんの文章を担当編集者の次に読むことができるわけで、とてもためになり文章もとっても面白いし、またタワシのイラスト仕事の中でも質的に悪くないイラストがなぜか描けており、嬉しい限りです。城山通りのイタメシ屋で印種の話などしながら食事し、午後はまたデジねんツールデザインにかかりきり。一通り反転パターン作成した後はカーソルづくり。シジジーズ冷水さんとカフェディスク伊藤さんからTELあり、シジジーアニメはとても気に入っていただけた様子。エジプトに行ってしまった西田さんに見てもらえるのはまだ先かな?

96.02.09(金)
渋谷眼科後、WAD'Sにポストカード納品し、TOWER RECORDでオーネット・コールマンの「FREE JAZZ」購入。なんとここのとこ今まで知らなかったジャズ史を少々勉強中。帰社後澤田さんにTELして仕事状況確認。17:30にEXPOの山口くんと、CAPE X誌の丹羽君、速水さん来て、同誌最後の号に掲載予定の対談を山口氏と行う。デジタルのリアリティについてみたいな話で、もちろんヘアライヴ関連の話も絡める。「変わったことしようとしたわけではなく、標準形だと思ってやってるよね」ってあたりがわれわれの共通点。さらに神秘主義の話など。話すことはいつものようににいくらでもあるので結局夜遅くとなってしまう。丹羽君たち帰った後、もとみやと山口君とでファミレス行き、今度は方向音痴と好奇心の関連性についてや、色指定の話などで、ずーっと盛り上がって朝方までだべり続ける。

96.02.10(土)
いつもそうなのだが昨日みたいな話は、その次の日になってから言い足りなかったことや言いたかったことが整理されて見えてくるわけである。昨日「デジタルの愛し方」みたいな話を振られてしまったのだが、それを今日ならはっきりと「整数愛」と説明できる。また色指定で「R100%とか、FF0000みたいな指定の仕方でなければ意味がない」とタワシが主張したことも、理由を「願かけみたいなものだよ」と濁したのだが、今日ならそれも「単純な整数として定義することが所有の最終形態」とヒルベルトよろしく説明できるだろう。以前ならこのように、あとから勝手にススマッタ考えは、毎月膨大な文字量を辟易されていたガロ誌の連載に書くことができたのだが、連載終了後の今はそのハケ口はこのように日記にちらりと書くだけとなったのだろうか? ……書き出す前から気付いていたのだが、日記ってかなり形態としては楽な「オレのROM」であり、RAMをROM化したいのにいつもなかなかできなくてもどかしい思いをするタワシには、ある意味でこれも便利な1ROM形態なのかもしれない。そんな興味から先日「國文学/日記」を購入したわけだがまだ1ページも読んでない。

96.02.11(日)
でじねんツールの各種選択画面と、三角ツールやばくだんツールの解説、ならびに各種気付いた点memoづくり。ひねもす作業。

96.02.12(月)
建国記念日代休。でじねんツールの各種作業続き。18時頃やっとNIFTY入稿にこぎつけ、その後は、これも明日までにはどうしてもやっておかなければならない「動く!!キューティマスコット」の整備仕事。昨年春のテレフロッケに「日替わりマスコット」として計52点出品したキューティマスコットをアロアロフロッピーズとしてやっと商品化とゆワケ。キューティマスコットの商品化にはコーシングラフィックシステムズとのディベロッパー契約が必要で、弊社は昨年1月に契約してすでに拙作「動かないキューティマスコット56発!」を出してるわけなのだが、今回の「動く!!」は契約の切れる前の今年の1月1日に発行していて、その手直しを今頃してるわけなのだ。圧縮して余ったフロッピーディスクスペースには、昨年11月のテレプレゼント出品作「ジャギー絵画」がオマケととして入り、裏に入れる紙は情報過多気味の文章。やっと作業終わって明け方風呂に入ったら、とたんに単純なつくりの表ジャケが気にくわなくなって、混沌チックなジャケに描き直す。すっかり朝になってから就寝。

96.02.13(火)
マックエキスポ前なので業務がとても沢山あり、休日の間大岡に家でやってもらったアロアロ製品のセットパッケージ、ポップ等のデザイン仕事に大助かりになりながら各種最終調整。先月のまるちめ日記のデータを、イラストとともに夕方寺谷さん宛にNIFTY入稿。簡単に商品会議済ませてから市ヶ谷の私学アルカディア会館に出向き、先月1月5日に亡くなられたガロ初代編集長の「長井勝一さんを偲ぶ会」に出席。出がけに急いで黒い服がなかなか見つからず、結局略礼服で行ってしまったのだが、ちょっとこの格好、堅かったようだ。献花し、パーティではスージー甘金さんやとうじ魔とうじさんといろいろお話しする。それにしても長井勝一追悼第1号の今出てるガロを読むと、ずいぶん、長井さんって師として仰ぎたいような人だったようだ。なんだか今のタワシに欠けているものがありすぎるような気がする。

96.02.14(水)
「鳩よ」!イラスト。もとみやの「よかエルニド日記」に入るタワシの「海底のコギト」アニメ関係のReadMe等。明日の先見ゼミの黒ペソ先生の出題のため「マスうめ問題」作成。最近方眼のマス目のわきに書かれた数字をたよりに、方眼のマス目をうめてってビットマップ画を描くというパズルが流行っており、さらにそのための専門誌まで出てるとゆー事態に驚愕して、自分でも早速作ってみたもの。タワシにとっては、これもビットマップの絵が「簡単な整数として所有できる」という関心事におおいに関連するわけで、例えばタワシの静止画作品はすべてパズルにして完璧に保存することだって出来るはずだ。

96.02.15(木)
朝一でアスク飯嶋氏よりTELあり、大至急「機能限定・MacExpo版デジねん」のオープニングタイトル画ならびに各モード切替音が必要とのこと。大至急作成してNIFTY入稿後、永田町のセミナー会場へ。ここはMMAグランプリの授賞式が行われた会場だが、今日は「MMAセミナー」の講師として呼ばれていて、これから諸先生方と一緒にレクチャーなのです。MMA事務局の方に「まるちめ日記、冷や冷やしながら読んでます」と笑いながら言われたり。などと書くのも冷や冷や?(^^;)。あ、なにかお気付きの点あったらなんなりとおっしゃってください>みなさま。「マルチメディア最前線'96」と名付けられた本セミナーの最初は、浜野保樹先生のインターネット関連のお話。ロバート・メトカルフの「96年、インターネットは崩壊する」とゆ大予言の話等、面白すぎる話ばかり。次にCD-ROM Fan誌編集長の浅香進氏による最新のCD-ROMタイトル事情についてで、知らなかったタイトルのお勉強。休憩時間後は、まずMMAグランプリの飯野賢治氏と、赤尾晃一先生によるゲーム制作に関するトーク。そして最後に「MMAアーティスト賞受賞者中ザワヒデキを解体する」とゆーすごい(^^;)タイトルで、CD-ROM Fan誌編集長の浅香さん(再び)と、タワシによるトーク。浅香さんにはキッズボックスの用意その他いろいろ御世話になりまして、有り難うございます。で、話した内容としては「アーティストから見たマルチメディア」というようなことで、特に「総合芸術は歴史的には、常に失敗してきた」事と、リアリズムさらには身体論的現象学の立場から「もっとずっとマウスに着目すべき」という事、さらに、かつてガロ誌に「新大陸論」として書いたような「いまだマルチメディアの現状は、かつてアメリカとゆー新大陸で、ヨーロッパ産の印象派絵画を描いてた時のようなものにすぎない」とゆー現状のマルチメディア事情に否定的な観点とか、いろいろ話しながらも、話したいことと話すスピードとにギャップを感じてしまって、あんなしゃべり方では来ていただいた方々に「イッちゃったヘンなおじさん」と思われてないだろーか? タワシ自身は結構楽しかったのだけれど、とても喋り足りない気がするのも事実。しかしセミナーが終了した後で事務局の伊藤さんが「やっと、マルチメディア『ソフト』振興協会らしいセミナーになりました」と感想を言ってくださる。そうそう、つかのと大岡にはなぜかとてもウケてた様子。そして、なにより浅香様には本当御世話になりました。
 帰社直後よりアスクさんからTELいろいろあり、飯嶋氏からは、デモ版でじねんオープニングサウンドはもっとひきのあるものがほしいとの事で、急遽松前くんのフロッピ名作「アープ・オディッセイの音」から取らせていただくことにする。本田氏、中村氏からは説明パネルの文面についてもろもろの連絡事項。もとみやの「よかエルニド日記」データのチェック後、つかのに車でデジタローグに納品に行ってもらう。今日は遅くまで納品お待たせして済みませんでした>デジタローグ丸尾さま。

96.02.16(金)
早朝に起き、ガロ誌の長井勝一追悼第2号に寄稿するイラスト制作。見開きで一つイラストを描く。MMAの福島さんより昨日はおつかれさまとのメールがNIFTYに入っていて、タワシの話は会場の方々にもウケてた様子で安堵。福島さんはじめMMAの方々こそおつかれさま。渋谷で眼科後、枝先生のところに寄ってから帰社。ガロ誌の谷田部さんが久々に原稿取りに来られる。

96.02.17(土)
そんなに積もりはしないが雪。以下、本日タイガーにアップしたメッセージからの転載です。
[以下転載]もうMacFan誌とかには広告の出ている通り、デジタルねんどってゆー超強力前人未踏世界初概念のアプリケーションをアスクから出します。ソフトウェアデザイン、すべての発案ならびにディレクションはタワシでプログラミングは(株)シンプルシステムズ、プロデュース・発売元は(株)アスクさん、開発元はあの本田女史率いるアスク第3デジタルソフト事業部です。実はキッズボックス以前から発動しているプロジェクトなのれすよ。タワシの発案に至っては5年前から暖めていたアイディアです。
おおっとここで!
「デジタルねんど」ってゆーネーミングから「ねんどのようにグニャグニャこねたりつぶしたりできる」とお思いのあなた、そーじゃないのです。大切なのはカラーネンドの物質感。初の「物質3次元ソフト」ってことで、従来のドロー感覚のいわゆる3Dソフトとはまったく一線を画する、むしろ3次元「ペイントツール」だと思ってほしい。なので決して3Dソフトとはわれわれは呼ばないことにしたのです。
しかも最初は「ねんど」というメタファーをとても気に入っていたわれわれですが、ネンドの語からくるイメージのギャップもあるので5月(以降?)の製品発売時には、もしかすると「ボクセルペイント」などという名に変わる可能性もあります。
……などと、ここで一挙に手の内公開したのは来る21日からのマックエキスポで「でじねん」初公開されるから。まだ機能限定のα版ですが、でも、もう、さわれます。アスクブースにて。
中ざわは4つ前のメッセージにもあるとおり、アスクさんのブースでデモしたり質問受け付けたりするのは金曜の2時と4時。来てね!!

96.02.18(日)
とても雪。積もっていて、もとみやと休日出勤のまえだは「雪だるま4段」を作って耳を立て、ウサギちっくにしている(3月のもとみやのデジタローグでの個展タイトルは「うさぎ計画」)。朝からずーっとMacExpo版デジねん用に、スタンプを作る作業。ビデオ映りをよくするために登録されるアイコンを大きくしたりといろいろワザを繰り出す。しかしそれにしてもデジねんって面白い。現在コピーペーストがまだ使えないので大変だが、でもこれでバカ立体物作るってハマれます。今日作った中では「あかおに」が秀逸。夜、福岡在住の中山眞由美さんが一瞬いらっしゃる。

96.02.19(月)
スタジオボイス誌「私の80年代」コメント300字。当然(?)日グラの事。JAGDAのCG特集用に過去のまるちめ日記のイラスト3点提出。

96.02.20(火)
VANOとかゆー学生関係のアート組織(?)が取材にくる。大岡に初めて「デジねんを使った作業」をしてもらう。具体的には朝パソの荻窪圭氏連載「愛と勇気のマッキントッシュ入門」の題字を、まだα版のデジねんで作ってみようというもの。題字なんてPaint at Thatで描けば簡単だけど、それでは工夫がないのと、またそのページには毎号Paint at Thatで描いたタワシの別の4コママンガイラストも載るわけだから、題字はいつもとテースト変えてみようってことで。結局タワシがデジねんで描いた字のパーツのデータを大岡に渡し、ほどよく回転などかけてもらって、Photoshop上で並べるという作業。これが、相当面白い!! デジねん使った初めての仕事だが、これはイケルかも! 十分実用に供します。夜一瞬、個展直前で大変そうな小沢剛氏現れる。澤田さん関係の仕事は今日がひとつの山場で、膨大にFAXをやりとり。結局夜中12時ギリギリまで働いてくれた様子。

96.02.21(水)
マックワールドエキスポ初日。もとみやが今朝エキスポ会場で、ちゃんとしたデータの入ってる新しいフロッピに入れ替えようと企んでる「よかエルニド日記」を、出かける前にチェックしてくれというので見てみたら、なんと圧縮形式に大変な不備がありチョー大変。タワシまで巻き込まれてデータ改変&増産作業。もとみやと前田が8時amの予定を遅れて10時くらいに出ていった後、先見ゼミ黒ペソますうめ問題の答案返却・成績発表仕事。意外とてこずり、社を出るのが14時過ぎとなってしまった。しかし16時のDIGITALOGUEブースでのデモには間に合う。その後ジャストモアイ誌の担当氏付き添いで、1万円握ってCD-ROMを3つ買う。これらをレビューしたら同誌で2年間続いてきた「レイヴショー」の連載は終わりです。エキスポ時間終了後、今日は他のブースで働いてたつかのと、ばったり出会った加藤賢崇氏と、一緒に軽食したりしてから、DIGITALOGUEなど6社合同Publisher's Frontの立食パーティーに出て(ニューオータニ)、いろいろな人達と会う。

96.02.22(木)
今日も16時よりDIGITALOGUEのブースで喋りデモで、今日はうっかり納品し忘れてしまっていた「よかアニメ18発!」をデモ。その後平林享子氏にアスクブースでデジねんとキッズボックスを見ていただく。デジねんのチラシはサルブルネイの事務所ですでに見ていたそうだが、たんに中ザワがイラストか何かを提供しただけかと思っていたそうで、アプリケーション自体をタワシが作ったのだと説明しても、「では立花ハジメのアプリケーションツアーみたいな?」「あれはプラグインだけど、これの場合は本体のフォトショップにあたるものだよ」ってかんじで、うむー、一般論としてなかなか世間様は、タワシが肩書きをプログラマーにでもしない限り、タワシが作ったソフトとは認識してくれないのだろーか? チラシにはちゃんと「ソフトウェアデザイン:中ザワヒデキ」と書いてあるんだけどな……。

96.02.23(金)
眼科は休みにしてもらって朝から幕張行き11:30よりDIGITALOGUEでデモ。以前アロアロにあそびに来たことのある日医精神科の野村先生が見に来てくださり一緒に昼食後、午後はアスクブースでデジねんのデモを14時と16時の2回行なう。
 14時からの回は自分でも驚くほどうまくいったデモとなった。見回すとアスク天谷社長や映像新聞の方等、年輩のネクタイ様方が真ん中辺の席を陣取られ、メディアの取材関係も結構入っていて、またキノトリ氏や関口氏も来てるではないか。まず通常通りナレーターのお姉さんが一通り説明してくれて、その後タワシも壇上に上がってお姉さんとやりとりしながらも、マイペースで説明。今まで話したかったけど話せなかったことを沢山喋る。まず「決して3Dとは呼ばずに、3次元と呼んでほしい」ことから始め、「今までの3Dツールはすべてドローだったが、このデジねんは世界初、さらには人類史上初のビットマップの立体ソフトだ」ということ。「ビットマップとドロー」の対立は、ルネッサンスの「ヴェネツィア派とフィレンツェ派」の対立まで遡れるというタワシの美術史的解釈。言葉的なドローと違って、物質的なビットマップは、背景と実体を等価に扱う思想で、すなわち透明ボクセルの概念の導入が重要な「世界微分」「世界所有」である事。さらに立体物の歴史でいえば、デジねんは人類史上はじめて重力とトポロジーから解放されたものだという事。つまり従来の彫刻は重力の制約とトポロジーの制約を受け、モノを空中に自由に置いておくことはできなかったし、物体の内部をのぞき見ることもトポロジー的にできなかった。最近のいわゆるドローの3Dツールは初めて重力の制約をとっぱらったものの、替わりにトポロジーの制約をすごく受けて大変不自由。そこへ行くとビットマップ3次元のデジねんは重力の制約のみならずトポロジーからもまったく解放された自由を具現しており、これってまさに人類史上初の体験なのだとゆこと。発案のきっかけはタワシがバカCGイラストレーターとしてビットマップのペイントツールをおそらく日本一使いこなしていた5年くらい前、たまたま初めて3DソフトのSwivel 3Dに触ってその不便さにビックリしたことに由来する事。つまり当然ビットマップ思想に基づくソフトだろうと思ったら、予想と違ってドローだったので驚き、いろいろ調べたら、むしろタワシには自然に思えていたビットマップの3次元ツールというものがまだ世界には存在しないことがその時わかった事。「マウスとキーボードから3次元の座標を入力して、こーやって、こーすれば、こーゆーネンドみたいな感じの3次元ソフトが作れるはずなのに、なぜ無いのか」などと疑問をその時サルブルネイの社員らに相談したのだが、その時のアイディアがそのまま、今、こうして実現しているのだという事。実現に当たってはちょうど昨年の今頃アスクさんがアロアロにやってきて、「何か中ザワさん作品を作って、アスクからCD-ROMを出しませんか?」と言われ、「作品のCD-ROMは他社で実は進行してますが……」などとやりとりしているうちに、たまたま暖めてたこのアイディアを思い出し、その場で喋ったら「ねんど」とのメタファーを大変面白がってくれて、それ以来のプロジェクトだとゆこと。なおスライスモードは医者時代にいっぱいCTスキャン画像を見てたことから自然と発想されたものだが、実はこれでパラパラマンガも作れるわけで、さらには「パラパラマンガ・立体」というヘンテコなものまで作れるという事。それは3次元の1つの軸に時間軸を導入するという、かつて裸眼立体視ブームの時にわれわれうち……タワシは一応大阪3D協会の会員だったのだ……で研究してた事にも関係するのだけど、すなわち未来派の芸術家達の実験を可能とするツールなのだという事。そしてまだできていない「ぐるぐるウィンドウ」ができればそちらでも時間感覚を3次元の時間軸として導入できるので、そうなると3次元というものの認識すら今までとは違ってしまい、つまりこのデジねん以後の世代は重力、トポロジー以外に時間軸の観点からも3次元に対してまったく今までになかった新しい感覚を有する事になるだろうという事。なので今日はここに立ち会っていただいているみなさん方、こんなこと自分で言うのもナンですが、人類史上初の歴史的瞬間に立ち会っていただいているとゆー事になるわけです。……てわけで、会場からは何度も大きな拍手をいただき、みなとても真剣に頷きながら聞いてくれて、自分でも驚くほどステージワークとしてはよかったのでした。
 質問では野村先生が「その世界全体の大きさの理由は?」とタワシが話し忘れていた事をちゃんと質問して下さり、「本来はこの考え方をもってして、原理的にはいくらでも大きい世界を作れるのだけど、マシンの速さの問題があるので、まず最初のソフトはこの通り32X32X32=32768個のボクセル数固定としてみた。ボクセル数が多い方がネンドっぽくなめらかになる筈だけど、やはりグイグイ動くことを最優先とした結果で、このようにブロックに近いように見えるだろうけど、逆にボクセルという概念がわかりやすい大きさだとも思う。さらに言えばタワシはアイコン限界フロッピーの作者でもあり、すなわち32X32サイズで十分面白い事は体験済みであり、これでよいとの確信があった。しかしたとえばこれでプラスティネーション標本のように人体模型を作ろうとした時などは確かにボクセル数が小さすぎるわけなので、今回はアスクさんのHOME APPLICATIONとの枠だが、その後発展形としてプロユース用にデジタルネンド・プロ(仮?)とかが出る曉があれば、その時にはそこが課題となるだろう」などと説明。他に別の人からの「開発言語は?」との質問には「タワシは実際のプログラム自体はやってないのだけど、プログラマーさん達に渡す直前までの説明はすべて日本語で全部事細かに説明してるので、つまりタワシにとっての開発言語は日本語です」と答えると、聞いてらした天谷社長がウケて笑ってくださる。また、ナレーターのお姉さんが聞くことになってた「開発では、どゆところに一番気を使いましたか?」では、「とにかくチューブツールが、ほんとに無重力空間にマヨネーズチューブを持ってって、ブニューっと出しながらグニョグニョに曲がった針金を作るかんじを出せるかどうかでした」などと答える。そうそう、ナレーターのお姉さまにはほんといろいろ細かいところで気遣っていただき、おかげさまでバッチリのデモとなり、有り難うございました。もちろんアスクさんやシンプルシステムズさんにも感謝!
 ところが16時の回は14時の回となぜか違って、まったく同じ内容を話した筈なのにどうもタワシも喋るペースが最後までつかめず、客の様子もしっくりしてなく、ちょっと散漫になってしまい残念。ステージワークってこれだから難しい。
 ステージの後はアスクブースの片隅でUndo誌、GIN、コンピュータウェーブの取材を受ける。特にコンピュータウェーブの碓井さんはキッズボックスでオオハマリしてくれた人らしく、面白がっていっぱいいろいろ聞いてくれるので、こちらもアスク本田さんのビデオドラッグがいかに連綿と今日このデジねんまでつながってるかなど、「ザ・歴史」を喋りまくる。別の人からの「そういう最先端とか、世界初みたいなことをやはり中ザワさんは追い求めてるのですか?」との質問に、そうか、そゆふーにも見られかねないのかと思ったけど、最先端とか世界初みたいのって全然タワシは追い求めてないのです実は。たまたま自然に普通にちゃんとやってると、そうなってしまっていただけの事……デジねんに限らずバカCGもJATもアイコン限界フロッピも。
 帰社するとキノトリ氏より「歴史的瞬間に立ち会えて本当によかった、私も3Dソフト触ってみて、なんとなくキライとしか思ってなかったけど、疑問を大切にするのは大事ですね!」とのFAXが送られてきている。関口氏からも感激しました旨のメールがTiger経由で来ていて、氏はちゃんとこのデジねんと、今回の黒ペソ先生のマスうめ問題が同じビットマップへのタワシの関心から来ている事を見抜いてくれたようで、そんな人いないと思っていただけに嬉しい。また後日になって、16時の回を見てくれた人がとても感激してたなどとのメールも他の人からもいただき、そういえばその場でとても励ましてくださった方もいたし、タワシの思ってたほど16時の回が散漫だったわけではなかったのかもしれない……ですね。

96.02.24(土)
マックエキスポ最終日の今日は電車で幕張まで行き、DIGITALOGUEで11:30よりデモ。やはり回を重ねる毎にうまくゆくようになり時間配分は大体今日がベスト。出口でさるすべり大井さんと編集者の三浦さんという方にばったり出会い、「マルチメディア・アーティスト」の肩書きの名刺を渡したらやはり「どうして????」ってかんじで目を白黒されてしまう。そのあと埼玉の与野本町まで行き、ピナ・バウシュ公演「船とともに」。ピナは2度目で今回もとても良かったが、でもやはり前回見た「1980」の方が良かったかな。その後石川翠氏らと談義&ノミの予定で高円寺の川口&伊藤氏宅にお邪魔になる。石川氏かなり酔う。

96.02.25(日)
マックエキスポにかまけてたまった通常業務がありすぎる……のだが、各ネットでメール読んだり返事書いたり。そうそう、マックエキスポのデモ感触では、全然「ネンドとのメタファーで大丈夫」と本田さんは思われたらしい。デモ見てメールくれてる人の中にも、デジタルねんどのネーミング、素晴らしいですね、と書いてくれてる人がいる。本田さんのカンを信じて、やはりネーミングはデジねんのままかな?

96.02.26(月)
風邪で大岡休み。電話の声ではかなり容態悪そうだ。14時よりPlastination共著者の増田先生と池袋ルノワールにてミーティング。増刷する時はクレジット関係その他の補足用紙を挟みましょうと提案してくださり、おおいに進展。3度にわたったミーティングは、これで一応おしまい。

96.02.27(火)
DIGITAL BOY誌に若者へのオススメまんが3冊ということで、「さるまん1・2・3」を「初々しいダダ・ダダによるダダ瓦解・表現主義再生」と解釈した紹介文執筆。午後、ドンキホーテ誌の創刊準備2号のインディーズマガジン特集取材ということで、フリーの編集プロダクションの諏訪園氏いらっしゃる。タコシェの中山さんのおかげで「その日JAT」に大変感銘を受けたとのこと。お話しするとタワシの活動全般に興味を持ってくれたようなのでJATの事のみならず美術史やデジネンのことまで沢山喋る。マックエキスポで配られてたピピンのカタログに「キッズボックス」が2箇所に紹介されてるのはいいのだが、一切タワシの名前が出てなくて「あれっ」と思った件を、一応文章にまとめて質問FAX。もう締切過ぎて御迷惑をおかけしていた朝パソ「荻窪圭の不良少年のパソコン学第4回/愛と勇気のマッキントッシュ入門」の題字をデジねん使って仕上げ(先週大岡にやってもらったものの調整と追加)、急ぎNIFTY入稿してから前田・もとみやと恵比寿のオオタ・ファイン・アーツにて小沢剛個展オープニング。「太陽」誌の次のレビューネタとする予定。帰社後「愛と勇気」本文イラスト。というか、4コマまんがイラスト。

96.02.28(水)
昨日送ったPiPPiN版の件の質問FAXについてはTELにて、「こういうつもりでは全然なかったのですが申し訳ありません。われわれにとっても不本意なので、なぜこうなったのかすぐに調べます」と大変申し訳ながってくださる。その後ずーっと懸念だった澤田さん関係の次の仕事にやっと取りかかり、夕方までに仕上げて長文テキストをFAX。V-JUMP誌イラスト。CAPE Xでのこないだの対談の原稿ナオシをしている山口くんよりTELあり、対談の続きというか長話。

96.02.29(木)
午前はPiPPiN版発売に関するクレジット関係でもろもろの連絡を取り、また、ずいぶん事実関係を調べ、直すべきものは直すように尽力していただいた事を伝え聞く。どうもご苦労様です。午後はシンプルシステムズにてデジねんの最終段階打ち合わせ。マックエキスポ版用にかなり働いた気がしていたのだが、製品版までにまだまだタワシの実作業が残っている事に気付く。速く動かない「ぐるぐる窓」が、速く動くようなアイディアを提案する。これはエキスポ前から気付いていたアイディアだ。他に重要な提案は、スライスモードでの作業の解釈を、ふかんモードとほとんど同様にすること。これによってさらに「デジねんならでは」の新しい、しかし真実の3次元感覚が体験できるようになるハズ。帰社後は明け方までかかってキッズボックスPiPPiN版データの、クレジット関係ナオシ作業。
 だいぶ小さくなったがアロアロ前の雪だるまはまだ溶けきらずに残っている。閏年で一日長いとは言え、月末締切のすべてが守られないまま3月に突入ってワケで、特に「2月29日。イラストレーション誌の原稿、仕上がる。吉田さん、喜ぶ。」みたいな文面が日記に入るといいなぁとメールで送ってきてくれていた吉田さんに、またも、喜んではいただけない事態。なお今日は電車の中で、ここ半年以上ずーっと読み進めていたポール・グリフィス著「現代音楽〜1945年以降の前衛」をやっと読み終えた日。続きが読みたい。





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