1996年06月のまるちめ日記(96.06.01〜96.06.30)

96.06.01(土)
ハワイ2日目。今日の予定は晩の、弟の挙式前夜親族食事会だけで、昼はオールフリー。川根さんが「オアフ島で一番きれいなシュノーケリングスポット」と言っていたハナウマ・ベイに、ヒルトン前からバスに乗ってでかけてみる。40分ほどして着いてみたら、確かによさげなビーチ。しかし海の中には餌づけされてる大きな灰色の魚は結構いるものの、カラフルないつもの熱帯魚もウニもヒトデもほとんどいなく、だいたい珊瑚がほとんど死んでてちょっと沖まで行ってみたけど特に何も無し。ま、白い砂浜&蒼い海、南国の日差しは有り難いし、アジアの国のようにすぐ物売りやらマッサージやらが寄ってこない事もいい、ハワイはハワイなり? 戻ってシャワーして着替えてから初めて大木家ご両親と会い、こちらの両親と計8人で海辺のシーフードレストランで食事会。その後に健と美和さん(明日の新郎新婦)とタワシ達フサイだけちょっと山の方まで車で出かけ、ホノルルの夜景を一望できるところへ行き、満月に照らされた遠くの水平線を見たりする。ホテルからアロアロ留守番の前田にもとみやが電話すると(アロアロは次の日の夕刻……こんぱね書類の「世界地図」がこんなに便利だたとわ!)、なんと電話の最中にぱぐちょはついに2Fから階段を下りてきたとのこと。今まで階段降りれずにびょうびょう哭いていたというのに。きっと1Fでまえだが電話でもとみやと話すのを聞いて、誰かいるのかと思って必死になって降りてきたのだろう。旅行に来てからもなににつけすぐ、ぱぐちょ、ぱぐちょと言い出すもとみやの思い通じたか??

96.06.02(日)
今日は健と美和さんの結婚式。12時半にリムジンが2台迎えに来て、ホノルル郊外の学校の教会にて。兄からも結婚おめでとう。式次第の後の写真撮影がまた結構長い。夕方ホテルに戻り、タワシは折角なのでホテルのプールで一泳ぎし、夜は大木家御父様の関係でソニーハワイ支社のもてなしによりイタリア料理店で食事会。アロアロにまたTELしたところ、ぱぐちょはもう自由に階段を駆け上ったり駆け下りたりしてるとのこと。

96.06.03(月)
昨日で今回のハワイ旅行の一応の目的と義務を終えたので、今日からやっとホリデーモード。中沢両親とわれわれ夫妻の4人だけで行動です。アロハエアラインにてオアフ島を離れ、13時半にマウイ島着。予約していたBudgetレンタカーはダークレッドのFORD車。初めての左ハンドル・右側通行で、運転が最初おぼつかない。だけど2時間ほど走るうちにかなり慣れ、15時頃にはカーナパリ・ビーチホテル着。今朝までいたヒルトンと違ってちょっと古くてみすぼらしいが、中央の庭が楽しげだし、なにしろ気取らないかんじがとても心地よい。ビュッフェスタイルのレストランで食事。庭のクジラ型プールで泳ぎ、水着を何十年ぶりかに着るという母にシュノーケルマスクの使い方を教えたりする。

96.06.04(火)
2:30A.M.に起き父を伴い3人で明け方のドライヴ。世界で一番火口周囲が大きい(35kmある)というハレアカラ火山(標高3050m)の頂上で日の出を見るため。昨日に引き続きもとみやがしっかりナビしてくれる。途中で山火事を見てしまい、一本しかない帰りの道路の事をちょっと心配する(野次馬気分もちょっとアリ)。山頂に5:00AM過ぎに着いたらもう人山の黒だかり(池松)。雲海の向こうにだんだん上がる太陽を見る。ガイドブックの記載通りチョサムでバスタオルをほおかむりしてたが、回りの人も毛布にくるまってたりしててなんだか面白い光景。すっかり朝日の中を帰るが、行きに見た山火事はどこへやら? 8:00にはホテル着。 就寝後起きたら14:00で、本日予定していた午後の潜水艦見物などはもうタイムアウト。明日する予定のモロキニ島シュノーケリングツアーは電話してみたら結構予約が埋まってて、唯一空席のあった10$高い帆船を予約。一連の予約関係電話後、庭に出てみる。今日は風が強く赤旗が立っており、ホテル庭のオフィスではフィンを貸してくれない。父が木陰で読書してたので近寄っていったら「このホテルには中国人も投宿してるのかと思った」とのこと。実の親にも中国人に見られる俺って一体? フィンは無いのだが、もとみやとすぐ先に見えるBlack Rockというダイビングスポットでちょっと泳いでみることにする。ビーチから海に入ってすぐは白砂で濁りまくり。だがもとみやの斜め下になにやら黒いものがありよく見たらでかいウミガメではないか。これは面白い。ひらひら浮かぶ海藻をぱぐちょみたいに口にくわえたまま泳いでいる。一緒に泳いでいたらもう一匹似たようなカメが現れ、いやーBlack Rockでの明日のNight Diveは期待できそーってかんじ。何回かカメのこうらに触ってみる。またがろうとしたら去っていった。カメカメ。夜はチケット受け取りに隣町のラハイナに出向き、両親とメキシコ料理屋で食事し、昨年医大を定年退職して以降俳句ばっかしという父に一応ちょっと御意見。なんか10年前までと立場が逆だ。

96.06.05(水)
ハワイで遊べる最後の日なので今日は3つのイヴェント。まず7:00前に出発して7:30には島南端のポートに着き、昨日予約した帆船に乗ってモロキニ島へ。帆を立てるとこなど初めて見る。モロキニ島は外見はごつごつしてて格好いい三日月型の島だが(火口の半分だけ海面に出たらしい)、写真で予想してたように超小さい。ほかに何十艘も日本人ばかり乗せた船が来ていて、これなら10$高くてもゆったりした帆船で良かった。しかしまたもそれほどどーってことない海中。たしかに餌付けされた小さいカラフルな魚はいるけど、珊瑚も立派でなく、ひとでウニ系もあまりいず、斜面が急なせいもあり、なにしろ海中での人口密度esp.日本人密度が高すぎる。ここがハワイで有数のスポットなら、ハワイ全体それほどでもないってことなのかな? 今まで見てきたエルニドやモアルボアルはずいぶん地球上でもとびきりなダイビングスポットだったとゆーわけか(もとみやの「よかエルニド日記」参照。弊社発売)。その後ちょっと別のとても空いてるスノーケリングスポットに連れてってもらい、そこの方が珊瑚ももうちょっとあってのんびりといろいろ見れて一応スノーケリング気分は満喫。13時にポートに着き13時半にはホテルに戻る。急いでシャワーし、今度は15時から両親も一緒にラハイナから出る「アトランティス号潜水艦」。なんだかマリンスポーツのりの船に乗せられて沖合いまで出かけ、待機していた観光用潜水艦に乗り換える。潜水艦なんて初めて。海底まで沈降していきそこでじっとしてると意外と多くの魚が寄ってくる。群もよく来る。それほど期待していたわけではなかったが結構楽しい。深度は30m弱で、ま、ダイビングでもこのくらいまでは潜る程度だ。父親は初めて海底を見たということをとても喜んでる。その後ラハイナで早目の夕食を済ませ、完全に陽が落ちた19時にホテルの庭集合でNight Dive。よく喋るにいちゃんがインストラクターで、冗談ばかり言ってもう一組の太った白人の家族をさかんに笑わせている。「たこ」とか「うつぼ」「うなぎ」などの日本語を教えて上げる(インストラクターはうつぼをうなぎと言っていた)。さてすっかり用意も調い、初めてのNight Dive。昨日カメ夫と遭遇したBlack Rockまで歩き、ビーチ・エントリーも久々。懐中電灯持ってDiveってのは、夜の散歩が面白いのと同様な面白さがあったのですね。しかも夜行性の海中動物が多いらしく、かなりいろいろ見れる。とにかくウツポが実に沢山。こんなにウツボがいる海は初めて。Lion Fishも多い。途中から潮流が結構きつくなってきた。タワシ達はなんでかDiving慣れしてて、まぁうまいのだが、一緒の白人家族は順番にボンボン浮いてっちゃってる。初心者なのかな? このくらいの深度ならそれほど問題は無いと思うのだけど、本当は危険な行為。それでなんだかバタバタしていて、潮流もどんどん速くなり、結局みんなで浮かんで、浜まで泳いで戻る。多分潮流がなかったのならもっと別の場所にも連れてってくれるところだったのだろう。本日でハワイも遊び納め。

96.06.06(木)
6時頃ホテルを出てもはや何度も運転しなれた道を通って空港に戻り、最後にガスステーションを探したりオイルの入れ方に手こずったりしながらレンタカーを返し、アロハエアラインでオアフ島ホノルル空港へ。そこで2時間ほど待って、さらに飛行機が出るのが遅れて、飛行機に乗り込んでから飛び立つのを待っている間にぱわぶくの電池切れてしまって(たしか先月の日記書いてた(^^;)……この日記は7月になってから書いてます(^^;)(^^;))、行きにも旅行の途中にもそれほど読めなかった杉田敦著「node」をずーっと読んだり寝たり。

96.06.07(金)
そんで時差の関係で成田着が金曜の午後。正直な気持ち、やっと車は正しく左側通行する国へ帰還。両親と別れ、NEXの中でも杉田敦読み続ける。帰ったらつかのがきれいに掃除をしてくれていて、ぱぐちょが大きくなってる。怪しい物音に吠えるようになっててちょっと見ない間にすっかり犬らしくなってた。階段を降りられるようになってきっと精神的にも自立したのだろう。つかのに任せていたデジネンの図形スタンプの報告を受けすぐにいろいろ指示。そしてハワイで買ってきたカエル型のなべつかみならぬ「ぱぐつかみ」に、案の定ぱぐちょが大反応。これでぱぐちょと戦えるのだー。

96.06.08(土)
タイガーメンテ。先月の日記書き。弟が22日の披露パーティーの司会をタワシの知人に頼みたいというのでメール。なんでここまでタワシが? ぱぐちょは寝室に入れるとわんわん吠えて、何に吠えてるのかと思ったら鏡だった。それにしてもぱぐちょはとても「生」な動物。アルテ・ブリュ。岡本太郎の言うところの「他人の目なんて一切気にせず全身で自分をばぁぁぁっとさらけ出している」自然体。

96.06.09(日)
朝DIGITALOGUEシェリン展(最終日)、HB Galleryのポスター展行く。レントゲン改め池内美術の新しいところが青山にできたのでそこも覗いてみようとしたら、ただの事務所で普通のマンションってかんじ。休みなのであいさつできなかったが、マサト氏の駐禁オブジェが早速置い置いてあった。22日の披露パーティーのムーヴィー素材を持って夕方弟夫妻がやってくる。一応今回の一連に関して感じたことをちょっと意見するがはたして伝わっただろうか? やっと先月のまるちめ日記を、イラストと合わせ入稿。朝パソイラスト。鳩よ!イラスト。たまった仕事のしわ寄せが大変。

96.06.10(月)
図形スタンプの指導をつかのにしながら種々たまった雑用。大岡には弟夫妻の結婚披露ムーヴィー作成を任せる。前回の浅川君の時のフォーマットが転用できる。

96.06.11(火)
図形スタンプの指導をつかのにしながらこちらはこちらでデジネンぐるぐるウィンドー・ぱらぱらウィンドー・スタンプウィンドーのリデザイン作業。さらに昨日受け取った新バージョンのデジネンのバグチェックとか、間違いチェックとかがとても大変な膨大量。夕刻はプール。中ザワさん陽に焼けてますね。どうしてもとみやさんそんなに焼けてないんですか?

96.06.12(水)
スーパーデザイニング誌ならびにデジネン製品のマニュアルに載せる用に(さらには製品のCD-ROM内にももっと膨大文章載せる用に)「デジネン誕生の意味」とゆ文章着手。前々から書かねば書かねばと思ってたものにやっと着手できるってわけ。スーパーデザイニング斉藤氏はマックエキスポでデジネンデモを見てくれており、それであのよな内容を是非とゆことで大変ありがたい。しかしなんだか風邪気味。机に向かわず低い椅子でぱわぶくにて仕事。引き続きつかのに図形スタンプ指導。

96.06.13(木)
図形スタンプは「立体網点」が相当面白くなってきた。ずーっと「デジネン誕生の意味」。夕方、目黒区美術館でやってる1953年展の関係で実験工房のコンサートが浜離宮朝日ホールにて。石川みどりさんやらに久々に会う。風邪&なんだかとても暑い日。

96.06.14(金)
眼科後タワレコにて現音CD沢山購入し(特に最近B. A. ツィンマーマン蒐集家チック)、その後もずーっと「デジネン誕生の意味」。立体網点は、これはまるで「シュポール/シュルファス」だ(「デジネン誕生の意味」読みなされ)。設計工場より連絡あり、「空即是色インタラクティヴ」のネーミングは名古屋市から「宗教を想起させるネーミングは、大々的にそこだけ出てしまうようなことは、ちょっと気を使ってほしい」とのこと。なるほど。そゆ理由もそうなのだが、それ以前にハワイ帰りに日本に戻ったらやる仕事を整理してた時に、「空即是色」の名前に違和感を感じてしまったところだったので、むしろちょうどいいかもしんない。

96.06.15(土)
タイガーメンテ。弟は自前で司会者を見つけた様子。今日は「デジネン誕生の意味」で述べている「ビットマップ概念VSオブジェクト図形方式」に「植物的VS動物的」の話を入れ込むべきことに気付いた日。これは「座標系とトポロジー」とゆ対立図式で語られるべきでしょう。しかしこのよな説明的文章でなく作品としての文章をほんとは書きたい……。物質としての文章。

96.06.16(日)
ひねもす「デジネン誕生の意味」。ぱぐちょ連れて緊張しながら図書館行く。夜思い出して「父の日FAX」を自宅に送る。それにしてもドッグフードはおいしいですよみなさん。今度おやつに出しましょうか? 少なくとも夜中や早朝、おなか好いた時にとてもいいですね。

96.06.17(月)
どうやら一応図形スタンプほぼ終了。つかのおつかれさま。ひねもす「デジネン誕生の意味」<文字量膨大増殖中。

96.06.18(火)
図形スタンプ納品。デジネンオープニング画面とクレジット画面のデザイン作業(<ソフトウェアデザイン以外にインターフェースデザインもやっとるとゆーわけね)。弟夫妻の結婚ムーヴィーは大岡段階までは完成。すごく遅くなってからプール。明朝まえだは香港経由でロンドン行きとのこと。うまらや。ひきつづき「デネジン誕生日の意味」。

96.06.19(水)
デジネン現在バージョンのバグチェック。各ペソ先生給料計算。夕刻BT編集部の紫牟田さんやってくる。CD-ROM特集とゆことでいろいろお話。デジネンも見せるととても面白がってくれる。引き続き「デンネジ誕生は意味深」。ところで最近かなり利口になってきたぱぐちょはちょうど歯の生え代わりの時期らしく、「かえる」のほかに千秋さんからもらった「ねこ」まで登場した「ぱぐつかみ」が、ときどき赤く染まってて何かと思ったら血だったり。歯もぐらぐらぼろぼろ。しかしもう人の手足は直接は噛まなくなり、噛み遊びしたい時はちゃんと「ぱぐつかみ」くわえてきておねだりしたりするのだ。しかれども「ぱぐつかみ」はぱぐちょの唾液でぐっしょり濡れてて臭かったりするのだ。

96.06.20(木)
朝アスク本田さん&天谷文代嬢来アロ。出来上がったパンフレットもいいが、一瞬見せてもらったポスター広告がずっごぐい゛い゛。フラミンゴ黒坂さんありがとー。はっきり言って前回の日記イラストにもさせていただいたマックファン誌の広告なんかよりずっといい。以前は、「ゴジラ一点」とゆ初期設定のノリにかなり引きずられちゃってたってわけネン。半年以上やりとりしていたキッズボックスとデジネンの契約書にやっと捺印。それからデジネンと松本氏謹製ポップアップメーカー合同作品コンテストの計画を相談される。マックライフ誌の100号記念企画だそーだ。是非もりあがりましょう。そのあと増殖し続けたがまだ書くべきことの2/3程度の「デジネン誕生の意味」の文章、そろそろ切り上げにかかる。とゆか、もうこれ以上編集者をお待たせするわけにはいかなそうなので。図形スタンプの正式名称考えアスクに送付。

96.06.21(金)
朝7時にどーにか「視覚芸術史におけるデジタルネンド誕生の意味」という名でファイルをスーパーデザイニング斉藤氏に送るところまで行きつき、ちょー暑い中、眼科。明日弟の結婚パーティーなので帰りに床屋寄ったらどーも今回のまことちゃんカットはいまひとつ。散髪ってなんだかとっても気合いが試される。デジネンは図形スタンプだけでなくアロアロスタンプというか、タワシ作成のスタンプも80個納品することになってるのだが(本当は先月中とか言われてたのだが引き延ばして今日締切となってた)やっと今日着手できるって有様で、アスクさんが(おそらく小西さんが)どうしても少しだけでもタワシ作成のスタンプを見たいというので6〜7個作り終電前の時間に送付。たった6〜7個作っただけだが、とても新しいデジネンの使い方の提案になっており、自分でもとーっても面白い。続けて3時頃まで作業。

96. 06.22(土)
数時間だけ寝て起きて、今日披露する健&美和MOVIE作り。大岡段階のものにさらに3時間程の作業工程をタワシレベルで付け足す。運転&機材メンテとして大岡には12時半に来てもらったものの、出発が遅れたのと大渋滞でセッティング予定時間には大幅遅刻。本当はセッティングを済ませてから2時22分に岡崎球子画廊で行われる松澤宥パフォーマンスに是非とも行きたかったのだったが、とてもそれどころではない……今出てる号の「太陽」誌に先々月の松澤レビュー書かせていただいて挨拶もしたいし是非とも行きたかったのだが。15時からの披露パーティーは銀座MAXIMにて立食形式。大学時代の同級生で、国試対策の勉強会で一緒だった大内先生と榎本先生に何年かぶりに会う。あ、大内くんが勉強会の途中で「タワシ」の語を使い始めて、それを頂戴させてもらってタワシも数年前から一人称をときどきタワシとさせていただいとるのです。ほんとはタワシ大内。彼が言うには、奇特なことに彼は創刊時からのCD-ROM Fan誌の読者とのこと。読んでまっか?>大内氏。その節はどーも。大内先生は耳鼻科では健の上司、一緒に卒業旅行でケニヤに行った榎本先生は大学のジャズ研で健の先輩、とゆ関係。健&美和MOVIEはマック2台でたれ流しスタイル。

96.06.23(日)
朝4時起きし、タイガーメンテ後ずーっとデジネンのアロアロスタンプづくり。たぶんこれは80個ずつ5セット入るスタンプのうち5番目のセットになるものなのだが(1番目はアロアロでつかのと作った図形スタンプ、2〜4番はアスクの小西さん・緒方さんが作った各種スタンプ)、マニエリスムとかアガムってかんじのをどんどん思い付いて沢山作る。自分でもちょー面白いと思う。夕方健&美和夫妻が一瞬来アロ。現像できたもとみや撮影の8mmフィルム見てみる。その後もとにかくスタンプ作業。

96.06.24(月)
お昼ごろまでにどうしてもスタンプを納品してほしいとのことなので、スタンプ名称整理作業のためつかのに9時amに来てもらったのだが、肝心のタワシ段階でのスタンプがまだできてない。午後になっても仕上がらず。夕方になっても仕上がらず。19時すぎにやっと仕上がり納品。そのあとマニュアルを担当しているアスク中山氏と、タワシの文章の入れ方について電話で調整。だいぶ以前から膨大文字量あるので、減らしたとしても3見開きは確保してほしいと言っていたのだが、どーもそれをすっかり忘れられてしまっていたようなのだ。そしてそれとは別に、スタンプの名前と簡単な一言解説を至急ということだったので、23時半頃までかかってスタンプに名付けの儀式。「顔のマニエリスム」「未来派の犬」「デジネンドラッグ」「立体アクションペインティング」等々。

96.06.25(火)
マニュアルになかなか字数が入りきらないので、とにかくナルハヤで「デジネン誕生の意味」文章手直し。整理してたらだいぶスッキリしてきた。今日はプール行かず作業。夜ひとまず入稿。デジネンのバグや気付いた訂正希望箇所等も見つけ次第すぐアスク中村さんに連絡してばかり。夜半にはお待たせしていた朝パソイラスト。

96.06.26(水)
昨晩入稿したものを少々手直しして朝10時過ぎに入稿し直し、さらに朝6時にアスク中山氏より送られてきたマニュアル全文のチェックを一応させていただく。パースに関する誤解等々いろいろチェック事項は大体50箇所くらい。さらにほとんど同じ「デジネン誕生の意味」縮小文や、顔写真等をスーパーデザイニング誌にも入稿。そうね、文章は12000字くらいに抑えました。……なんてやってるうちに、「植物的VS動物的」の項目でのトポロジーの語の解釈をより正確に解釈する必要に気づき、夕方までに仕上げるが、もははやこれはタイムアウトと字数アウトでマニュアルには載らないとのこと(スーパーデザイニング誌はOKのようす)。夜、恵比寿に新たにオープンした早川昌孝ギャラリーにて駒形さんの展覧会。水戸芸で見たものとほぼ同じだったけど本人のアウラが相変わらず異様で圧倒されました。早川さんはもと佐谷画廊の人で、「アイコン限界フロッピ」を気に入ってくれてる人。オオタファインアーツ、P-Houseと至近で以前住んでたライオンズプラザの近所なのらー。

96.06.27(木)
日経WINDとかゆパソコンネット上で記事を書いてるとゆ岡本ノオトさんが9:30に来アロし、タワシの活動についていろいろ取材を受ける。話の途中でちょうどデジネンの話にもなる。彼はずっと以前90年の「大ボケツ展」にも来ていただいていた人で、大変興味を持って話を聞いてくれる。15:30には名古屋の「空即是色アラタメ??」の仕事の関係で日展から栗原さん、科学工芸のプログラマさん達いらっしゃる。とっても技術者ってかんじの方々で、なかなか普段会う機会の無いような(ちょっとノリの違うオタッキーな)人達なので、とーても面白い。こゆ(アニメとかオモチャとかより機械・プログラマ系の)真正オタクって好きかも。「デジネン誕生の意味」の文章は昨晩から今度は「デジネン製品CD-ROM内に入る原文」作成モードとなっている。スーパーデザイニングもマニュアルも「原文から抜粋」ということになってるからだし、実際「原文ではこう書こう」と思ってることの一部分でしかないのではあるけど、後から原文書くってのも変カモ。紙媒体よりCD-ROMの方が時間的に直前で間に合うし、紙媒体よりもCD-ROMの方が文字数や枚数の制約が無いって事情がこうさせるわけですね。明朝までなので、とても大変。

96.06.28(金)
3:30から2時間だけ寝て、とーーにかく必死で書いて眼科遅刻しつつも「デジネン文章・原文」(結局23000字ほど)納品。CD-ROM用のアイコンも作ってとのことだったのでそれも納品。これで一年半ごしのデジネンはやっとやっと終わりなのです。つまり今日マスターディスク入れってこと。眼科後は岡崎球子画廊行き22日に見れなった松澤宥パフォーマンス、いやプレゼントデーの跡形を見て(わたしのモノリス)、その後銀座まで移動してまず会田誠「戦争画リターンズ」(ギャラリーなつか)。そしてそこで会った大岡と福田美蘭新作展「Print」(ギャラリー池田美術)。もいちど会田くんの会場戻って、今日は彼の著書「青春と変態」の出版記念パーティー。何年か前に読ませてもらったものだがやっとABC出版から出版のはこびです。とーても面白い「青春と変態」な内容なのだが、なぜ前彼が語っていたように「ノート」の体裁の装丁にしなかったんだろう? 内容的にはノートとして書かれているとゆのに。それはともかくいろいろなひさびさの人と会う。デジネンパンフを渡す時に、ちょっと「パンフはアスクさんの作った作例を多くして子供っぽいビジュアルにしてるんですが、もっと違う自由な過激なノリのもできます」といちいち言い訳が必要。

96.06.29(土)
昨日は本当にデジネンCD-ROMマスター納品までこぎ着いたのだろうか? もしまだ間に合うなら「デジネン誕生の意味」の文章、最後に3行だけでも、「どうしてこんなにしてまで『世界所有』にこだわるのか」を、そゆ問題の存在だけでも言及して書き足したい。ってわけで、ほかのところいじらず3行だけ書き足した文章書いてNIFで送り、アスクさんに電話したら「実は急遽諸事情でマスター入れは月曜朝一に延びました」とのこと。なんとなく予想的中。では、内容的にまだ吟味したらないところあるので月曜朝一までにさらなる改訂版を作ることができるってわけですね? タイガーメンテ。もとみやが図書館で借りてきた近代日本画の画集見て富岡鉄斎と竹内栖鳳と村上華岳を面白いと思う。西洋美術史をベースに書いた「デジネン誕生の意味」もタワシがもっと東洋美術史を知っていたら、肉付けの仕方が変わるかもしれない(誰か東洋OR日本美術史関係のお勉強仕事くれませんかね?)。夜、とても急ぎらしい「太陽」誌レビュー着手。昨日見た福田美蘭の新作展「Print」についてで、タイトルは「現代美術界のドラえもん」。4年前にガロで書かせていただいた「福田美蘭=ドラえもん」説を踏襲するものだが、今回はなにより掲載図版を載せることが楽しみなのだ。……ていうのは美蘭氏の作品のテーマが「版ズレ」と「複製」なのだけど、「太陽」誌面上のそのページの図版も「版ズレ」の「複製」となるわけだから。レビュアーに、内容の良し悪しとは別の次元でも「この図版を載せたいっ!」という気にさせる展覧会ってのはさすが美蘭氏だ。

96.06.30(日)
朝タイガーに入り先見ゼミのもろもろ業務・アポリネール。その後たまった郵便物整理。Niftyに入りNifty ManagerとゆものDL。これでUL/DLが異常に遅いとゆ悩み解決できるかも。……てのは、「Tigerとかに比し同じ144なのにNIFTYはどーして何倍も遅いのか」と以前オタクな人に聞いたら「NIFTY は混んでるからずっっごく遅いのです」と説明され、それを鵜呑みにしたままずーっと現在に至ってたわけなのだけど、ところが最近のアスクさんとのやりとりの最中アスクさんが「すっごく時間かかります」というのが、アスクさんには15分、タワシには2時間半だったところからタワシの使ってる古いアプリのせいと発覚したわけ。ま、ともかくこれで今後平気だといいな。夕方より太陽誌レビュー再開、夜には終える。その後Vジャンプイラスト。今までお世話になった高橋さん異動で、岡本さんが担当となって初回の納品。これでやっと明朝のデジネンCD-ROMマスター入れ用に文リライトする準備ととのったってわけ……だが、ちょっと書き始めただけでスイマー様のお目見えなので、明日早朝起きすることにしzzz。





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