
《内なる被服、内なる掛布》
《Internal Dress, Internal Quilt》
1999-2000
捕鳥網、マシュマロ、ベッド、枕、洗面台、鏡
fowling net, marshmallows, bed, pillow, washbasin, mirror
高橋龍太郎コレクション蔵
Takahashi Ryutaro Collection
自己の境界や同一性を問い直す「皮膜の領域」プロジェクトの中心作品。ボディの部分はマシュマロ2000個、裾は約6000個で、それぞれ直腸、小腸の展開面積を算出してあるという。肉や野菜のような自然な食品でない砂糖菓子も、消化管内で吸収されて身体の一部になる。一方、自分の一部であった髪や爪は切り離されゴミになり煙になる。物質世界の構成物は全て網状システムとして繋がっている。本作は、消化管内を通過する食物が実際に体内に取り込まれる場である消化管内壁を第二の皮膚と捉え、被服として可視化する作品である。
東京・小竹向原のフレームワークギャラリーのスタジオBでの制作期間は1999年9月30日からの4日間で、10月4日にオープンスタジオとして公開、また、男性の外国人モデルに被服を掛けて黒川未来夫による撮影が行われた。
その後、本作の制作を助成したTEPCO銀座館プラスマイナスギャラリーでの個展「floating body -彷徨える身体-」(2000年1月4日−2月29日)に、それまで Rabbit Project(うさぎ計画)と称して展開されていたプロジェクトの作品とともに出品された。
本作にベッド、枕、洗面台、鏡が加えられたのは、当時青山にあったミヅマアートギャラリーでの個展「皮膜の領域」(2000年4月4日−28日)からである。作品リストでは、ベッドや枕を覆う《内なる掛布》(1ミリの指型をした小腸突起の表面積は全身の表面積の20倍である)と、洗面台に向かう《内なるドレス》(大腸の内側の表面積は全身の表面積の1倍である)は分けて記載されたが、プライスリストでは2作をセットとした価格が表示され、高橋龍太郎コレクション蔵となった。
以後の展示ではこの形式が踏襲され、「ニューヨークフィリップモリスアートアワード入賞者24人展」フジテレビフォーラム(2001年6月2日−17日)、「(同巡回展)」梅田ステラホール(2001年6月23日−7月1日)、「アートがあれば」東京オペラシティアートギャラリー(2004年5月26日−7月11日)(高橋龍太郎コレクションのコーナー)と続いたが、出品リストでは《内なる被服、内なる掛布》という1点の作品として記載された。
作家による作品名や年代の表記にはぶれがあり、英語でも "An internal dress, an internal quilt" と "Internal Dress, Internal Quilt" とがある。フレームワークギャラリーでの写真は表面積の大きい《内なる掛布》に見えるが、クレジットは常に《内なるドレス》か《内なる被服》で、年代も1999とされているものと2000と書かれているものとがある。
2004年の展示の際の言葉が作家のホームページに掲載されている。「四年ぶりの展示では石膏のように固くなり、でもバニラエッセンスの匂いがほんのり。砂糖とゼラチンでできている化合物で、湿度が無ければ半永久(!)に保存可能かもしれないとのこと。」
それから22年経った今日、作家よりも長らえることとなった本作を、再展示いたします。
(解説:中ザワヒデキ)
追記(2026年6月27日):今回の設営でいろいろ判明したことがありました。2点、ここに追記します。
(1) 《内なる被服》(または《内なるドレス》)と《内なる掛布》は一続きのネットで、一体のものでした。ただし、前者に相当する箇所には小さなマシュマロが、後者には大きなマシュマロが取り付けられていました。また、前者は実際にドレス仕立てとなっていて、首穴や袖穴が開けられた筒型の形状として、人間のモデルが着ることができるようになっていました。後者は、前者の背面から連続している大きな1枚の掛布のようでした。
(2) 作家のメモでは「マシュマロブロック」と呼ばれているものを、ドレスの底と洗面台に配置しました。これはマシュマロ同士をくっつけた大小の塊で、消化管内にある消化途中(すなわち、腸管壁をまだ通過していないので自己ではない)の食物または排泄物を表していると考えられます。

《photo sketch No. (番号未詳)「あし」》
《photo sketch No. [number unknown], "portrait of the leg"》
2000
レフグラフプリント、和紙
refgraph print, Japanese paper
高橋龍太郎コレクション蔵
Takahashi Ryutaro Collection
作家にとってミヅマアートギャラリーでの最初の個展となった「皮膜の領域」展(2000年4月4日−28日)は、全出品作がプロジェクト「皮膜の領域」(英名:Trace the Skin)の新作であったと考えられる。ギャラリーの壁にはプラスティネーションを思わせる、足や舌といった身体各部位の切片断面が一定間隔で並んだような《1.8メートルに引き延ばされた、あし》や《20センチに引き延ばされた、した》ほかが展示された。そのうちの数点が高橋龍太郎コレクション蔵となったが、素材にラテックスが使われており今日では原形を留めていない。
《photo sketch No. (番号未詳)「あし」》や《photo sketch No. 8「した」》は、初発表時の作品リストでは、《1.8メートルに引き延ばされた、あし》や《20センチに引き延ばされた、した》に対応するポートレートと記載されていた。セルフポートレートというメモも残っていることから作家本人の足や舌を自撮りしたのだろう。足や舌に一定間隔で入れられた複数の線が、それぞれの切片断面と対応していることが示唆される。
《20センチに引き延ばされた、した》に対応するポートレートは、NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)で開催された「メタファーとしての医学 芸術と医学展」(2002年1月18日–3月24日)に再出品され、その記録から《photo sketch No. 8「した」》であるとわかる。また、《1.8メートルに引き延ばされた、あし》や《20センチに引き延ばされた、した》は、「皮膚を辿る」シリーズ(英名:"trace the skin" series ……プロジェクト名と同じだが意味はこちらの日本語のほうに近い)とされていることもわかり、消化管内壁に見立てられたマシュマロのネットをベッドや洗面台近くまで伸長したギャラリー中央の《内なる被服、内なる掛布》の展示と、内と外という対をなしているということもわかる。わからないのは《1.8メートルに引き延ばされた、あし》に対応する、これら3点に振られたであろう、それぞれの番号である。
(解説:中ザワヒデキ)
補遺一
「皮膜の領域」展にはほかに、《無題》とされた作品が2点、展示されていた。素材は片方は「ラテックス、引出し、証明写真、パスポート」、もう片方は「ラテックス、人工毛、人造大理石」である。どちらも皮膚でも消化管でもないが、前者は明らかに私を私と確定するアイデンティティー、後者は私のようで私でなくどこからが私なのかという領域の不確実性だ。砂糖菓子は他者だが、延伸した皮膜から取り込まれて自己となり、だがやがて爪や髪のように皮膚から切り離され他者となり拡散する。そういえば「皮膚を辿る」シリーズには、ほかに《5センチに引き延ばされた、つめ》もあったし《4.2メートルに引き延ばされた、かみのけ》もあった。正式名称からは抜け落ちてしまったが、photo sketch は紛れもなく作家の自画像で、言わば、完璧な個展だった。
補遺二
表記のぶれは、致し方ない。それまではフェミニンなうさぎや解剖ネタの作家だったが、この「皮膜の領域」プロジェクトからが美術家もとみやかをるの本領であろう。マシュマロドレス(と身内では呼んでいた)こそが過渡期の重要作で、フワフワの触感や白くて甘い素材に着目するなら確かに、そして消化管の表面積という解剖学的知見に着目するなら確かに、それまで展開されてきた Rabbit Project の続きといえる。実際、それらの近作とともに展覧されたプラスマイナスギャラリーでの「彷徨える身体」展は、そうしたものだったのかもしれない。だが僅か1ヶ月後のミヅマアートギャラリーでの「皮膜の領域」展で様相が一変、マシュマロのマシュマロ性は一切強調されることなく、作家は自らのアイデンティティやその不確実性を作品に託す。「皮膚を辿る」シリーズも、解剖ネタでもありながら自己領域の伸長でもあるだろう。後年、作家は自作を19のプロジェクトに分類するが、プロジェクトという名称が使われているにもかかわらず Rabbit Project という項目は含まれていない(「ヘアボールマシン」と「動物の肖像」に分割されている)。もっとも四半世紀が経過した今、完璧な状態で保管されていたとはいえ、マシュマロのマシュマロたる柔らかさや白さが保たれているわけではなく、消化管の表面積の知見ももっとずっと広い「テニスコート約一面分」と修正されている。

《Chambers fine arts gallery, NYC, USA》
2003
C-print、ドローイング、障子紙、顔料
C-print, Drawing, shoji paper, pigment
高橋龍太郎コレクション蔵
Takahashi Ryutaro Collection
美術家としてのもとみやかをるはプロジェクトとして作品制作をおこなっていたが、なかでも最もよく知られ、長期にわたって続けられたのが、壊れたものを修復することに焦点をあてた「修復と再生」プロジェクトであった。2001年1月、当時ニューヨークのトライベッカにあったISP [1] で滞在制作が始まったときに、自分に与えられた11番スタジオの床が酷く傷んでいて、「こんな場所で制作なんかできないではないか」と思ったときに浮かんだのが、床の補修自体を作品とすることで、具体的には床に包帯をあてがったり、床の傷口を縫い合わせたりするというプロジェクトだった。
[2] ここから「修復と再生」プロジェクトが始まったのだと筆者は直接聴いたことがあるが、本人はそれよりも少し前、2000年秋のヘッドランドアートセンター(米カリフォルニア)での滞在制作中に、スタジオにあった壁のひびに紙を当てて写し取ったドローイングを本プロジェクトの出発点としている。
その後、本プロジェクトでは日本の伝統技法でもある金継ぎを多用するようになり、皿や茶碗だけでなく壁や建物、精神病院を含む各所でのワークショップ(思い出や壊れた心の修復)、さらには生きた亀の甲羅やカタツムリの殻などにまで修復対象が広がる。一方で、陶器へのひびの入り方が樹木の枝分かれや雨水の伝い方に似て美しいと思ったこともあるようで、そうした疵の形自体への着目は、カリフォルニアでの最初のドローイング以来、一貫してもいた。
本作《Chambers fine arts gallery, NYC,USA》は、ニューヨークのチャンバーズ・ファイン・アート・ギャラリーでのグループ展「Revolving Door: ISCP <-> Asia」に出品された作品で、同画廊の天井にあったひびの、金継ぎによる修復前後の写真と、修復後の壁を和紙に写し取ったドローイングである。修復前の壁を写したドローイングも存在していた可能性があるが、見つかっていない。[3] 修復自体を作品とするアイディアと、疵(跡)自体を鑑賞対象とする態度の両者が見て取れる作品となっている。
(解説:中ザワヒデキ)
[1] International Studio Program。のちの ISCP(International Studio and Curatorial Program)。
[2] 《11番スタジオのための修復》(英題は "a patch of the floor at studio #11")などがつくられ発表された。試作品も残されている。ちなみに本展DM宛名面の写真は2001年3月30日、ISPのオープンスタジオで、床の実際の疵の脇にその疵を修復中の写真を置き、本人が指し示しているところ。
[3] 2005年9月20日から10月15日に、中目黒に当時あったミヅマアートギャラリーで開催された個展「MOTOMIYA KAORU 2005」には、ドローイング1点と、2点組とされた写真とが出展され、ドローイングと写真は同題の別作品としてリストされていた。どちらも高橋龍太郎コレクション蔵となったが、その後、ドローイング2点と写真4点が一緒に写っている写真画像が出てきた。今回の調査で写真作品2点がミヅマアートギャラリーの倉庫からさらに見つかったが、もう1点のドローイングは見つかっていない。

《溢れる》
《Overflow》
2002
映像
Video
2 min 54 sec
ぷるぷるとして柔らかそうな、ピンク色の半球型ゼリーのような物体が、この映像の主役である。皿の上で、左右から伸びてくる固い金属のナイフとフォークに切り刻まれそうになったり、皿が回り始め、真上から甘いカナディアン・メープルシロップを溢れるまで垂らされ続けたりする。当時人気が出ていたシュトック、ハウゼン&ウォークマンの楽曲や音声が効果的に使われ、甘く可愛く滑稽でガーリーでありながらも、食べたり食べられたりすることは刻んだり刻まれたりするという、一方的で残酷でマッチョな暴力的搾取でもある。台所では、そのための調理が日々繰り広げられている。
作家は2001年のバンフアートセンター(カナダ)での滞在制作時に本作の元となる映像を撮影・編集し、[1] ビデオインスタレーション《project kitchen 2001》として発表したようである。また同年、バンクーバーの Western Front での上映会でスクリーニングされたという記録もある。翌2002年、東京のNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)で開催された「メタファーとしての医学 芸術と医学展」では、この映像は壁に大きく投影され、《拒否する食卓 ver. 2.0》(英題は "dining table of refusal, version 2.0")、《あのーれの日記》(英題は "eat or die")、[2] そのほか冷蔵庫やテーブル、ソファなどの日用品と組み合わされた大規模なビデオインスタレーション《食卓の規範(カノン)》(英題は "KITCHEN ver. 2.0, CANON" )として展示された。以後、英題を "Canon on the Table" に変更したうえで、同様の内容の展示が世界各地で続いた(プロジェクト「食卓の規範」)。2003年には "Canon on the Table (project kitchen 2001)" として「国際ニューメディア・アート・フェスティバル Videomedeja」(ノヴィサド、セルビア・モンテネグロ)で展示され、観客賞を受賞している。
映像にはさまざまなバージョン、バリエーションがあり、異なる楽曲が使われていたり、コンデンスミルクが垂らされていたり、スパゲティ状の物体へと変換され箸につままれたりしている。1時間程度の尺のものや、1本のビデオテープに数十分程度の尺の映像がループで入っているものも少なくない。多くはビデオインスタレーション用と考えられるが、頒布用にパッケージされたと思しき「Overflow 2003」と題された1時間37分のDVDもある。
本展の会場ディスプレーで連続上映するのは、インスタレーションの一部というよりは単独上映用に2002年に編集されたと考えられる、2分54秒のコンパクトなバージョンである。ダビングによる編集だったためか画質は少し劣るが、テロップも流れストーリー性も比較的あることから、本展向きと判断した。[3] 脇の天井付近の壁面にあしらわれているのは、2003年の Newhouse Center for Contemporary Art (ニューヨーク)での個展「Canon on the Table」で初めてビデオインスタレーションに加えられた、《0verflow piece (on the wall)》の一部である。
(解説:中ザワヒデキ)
[1] 「May 2001」と書かれ、「Overflow (Part 1)」「Overflow (Part 2)」「kitchen」「Silicone ball & spaghetti」などと題された、バンフアートセンターのラベルが貼付されているベータカムとVHSビデオテープが大量に残されている。
[2] (2026年6月27日追加)拒食症患者が綴った断片的な日記のテキストを映像化し、吹き出しを描いた壁に斜めに投影するビデオ・インスタレーション。
[3] (2026年6月27日追加)本展では、他の作品鑑賞の妨げにならないように、音声の高音部を抑え音量も小さくした。

《“Hello Scot” Encapsule #12, Clyde River, October 14th 2009》
2009
クライド川の水、レジン、アクリル、石膏、紙
Water from the River Clyde, resin, acrylic, plaster, and paper
2009年9月、もとみやは英スコットランドのグラスゴー美術学校美術修士課程(MFA)に入学し、グラスゴーでアパートを借りて制作活動を開始する。周囲からは「プロとして十分以上のキャリアがあるのに、どうして今更学生なんかやるの、先生ならいいけれど」などと言われていたようだ。とはいえ本作タイトルの《Hello Scot》は「スコットランド、こんにちは!」の意味と取れ、新天地での新展開を喜んでいる節が伺える。氷柱を垂直に携えた真っ白な手首が壁から突き出される緊張感は、もとみやかをるの真骨頂といえるだろう。
これが「スコットランド人、こんにちは!」の意味ではないのではないかと筆者が考える理由は、同時期に制作された作品で《Hello Clyde》というものがあるからだ。こちらはグラスゴーの中心を流れるクライド川に向かって「クライド川、こんにちは!」と呼びかけていると考えられ、2005年の1月から3月にかけて、厳冬のウィーンやチェコ、スロバキア各地で川の水を採取して以来、横浜でも続けられたプロジェクト「水の名前」が踏まえたのであろうと想像される。横浜ではウィーンの水が小瓶に詰め直されたが、本作では「魚影が水を封じた筒の中で浮遊する」と本人のホームページに書かれている。そう思ってよく見ると、そう見えるような気もする。[1]
《Hello Scot》と《Hello Clyde》は市谷田町に越してきたばかりのミヅマアートギャラリーに送付され、《Hello Scot》1点が2009年11月4日から12月5日まで開催されたグループ展「November Steps — Susan Philipsz & Gallery Artists」に出品された。その後英国に送り返され、ロンドンのT1+2ギャラリーで開催されたグループ展「Criteria of Beauty」に、2点とも出展されている。
2018年に生前最後の更新がなされた作家本人のホームページでは、《Hello Clyde》は《こんにちはクライド川》(英名:Hello Clyde)のままだが、《Hello Scot》は《氷柱、すらすらと》(英名:Icicle Swimmingly)と(改)題されていて、謎である。
[2] 本人が生前に分類した全19個のプロジェクト名にも謎があり、氷柱を水平または垂直に携える《Hello Clyde》と《Hello Scot》はプロジェクト「カプセル」に分類されるただ2つの作品なのだが、それとよく似た壁から突き出る手の作品群(ただし、手にするのは氷柱でないカプセルだったり、何も持っていなかったりする)は、同時期にグラスゴーで作られているにもかかわらず、別プロジェクト「内包される豊かさのすべて」として分類されているのである。そして、後者の英語名「Encapsulation」は、前者に分類される本作品名内に「Encapsule #12」として現れている。
2010年、もとみやは突如帰国する。以後2022年に没するまでの間、再び国外の地を踏むことはなく、新作発表も行われなかった。ホームページには「いお棲む石」という神奈川県での新プロジェクトが「2020(予定)」として掲載されており、実際に、2010年に復縁し再婚した夫の実家の庭にアートワークらしき装飾をいくつか施してはいるが、公開はなされていない。実質的に、本展出品の本作を含むグラスゴーでの作品群が、生前最後の美術家としての美術作品となった。
(解説:中ザワヒデキ)
[1] ミヅマアートギャラリーに残されている展示指示書には、「文字が見えるように」との指示もある。確かに「RIVER」と読める箇所がある。
[2] 本展では、2009年のミヅマアートギャラリーでの展示の際の作品名を正式名称とした。