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方法主義宣言補足情報 2 (20000614)



宣言文として語彙解説は本来不要ですが参考のため一部のみ掲げます。


1) 学芸における同語反復 (tautology)
 「美術のための美術」とか「数学のための数学」のように、目的が自身に向かうことを指します。つまり、純粋美術や純粋数学等の問題です。
 1963年、アメリカの画家ラインハートは「美術としての美術が美術であり、そうでないものはそうでない」という同語反復によるテーゼを発表しました。そしてそれは、1910年代のデュシャンの反芸術に由来していました。デュシャンは美術における表現の無意味を徹底しましたが、そのことは、ほぼ同時代の言語学におけるソシュールやヴィトゲンシュタインの成果に相当しています。また、それらは数学における不完全性定理や、物理学における不確定性原理の提出と同じような事態とも解されます。理論を忠実につきつめた場合には同語反復による瑕疵を免れないという「単一原理」が、ジャンル形式に拘わらず、普遍的に具現されているのです。

2) 同語反復が民主主義体制から生じた
 前述の同語反復の提出は、権力のあり方に関係していると思います。なぜなら、結果論的に学芸は、政治政体を追認している図式が成り立つからです。西欧中世では一神教の神に「意味」があり、中世の前段階の専制君主期と中世の後段階の絶対君主期には一人の人間君主に「意味」があったため、無意味を意味する同語反復は提出されようがありませんでした。しかし、意味に直結する権力が多数に分割される民主主義の時代、すなわち古代アテネと現代20世紀においては、ソクラテスとソシュールという、同語反復自体をあばいて無意味を徹底するものが現れました。つまり、権力が分散希釈された「再・ソクラテス」の時代である現代は、「無意味」が露呈して当然なのです。
 ちなみに宣言文中の「衆愚」は、一般的な語義どおり否定的ニュアンスも込められていますが、哲学用語としては否定感情以前の状況認識にかかわる言葉です。つまり、発話者である限り言語自体に根ざす同語反復という「愚」はまぬかれないわけですが、それが発話者全員としての「衆」に蔓延していることを衆愚と呼びます。このような意味においても、民主主義体制と衆愚と同語反復はかなり近しい位置にあるのです。

3) 同語反復の権威化
 同語反復が意味する無意味を敗北ととらえるならば、最初から本宣言は敗北宣言に相当する部分を含んでいます。しかし、宣言全体として主張したいのは倫理であり、「どうせ敗北するなら最初から放縦と怠惰にしていればいい」というエピキュリアン的な考え方を拒否し、「どうせ敗北するのであっても、きちんと求道した上でなければならない」としていているのです。倫理は、要請である点で権威とつながるため、ここでは「同語反復の権威化」という言い回しとなりました。そしてそれは、ソクラテスの「無知の知」のようなことだと考えます。なぜならソクラテスは「無知」を「知っている」と言うことによって、ある種の権威化を施していると考えられるからです。

4) 形式でなく方法への還元
 「形式」はformの訳語で、具体的には20世紀の文芸、特に戦後アメリカ美術を席巻したフォーマリズムが対象化されています。フォーマリズムは異ジャンル間に普遍する原理の抽出を阻害するため、宣言においては除外対象としました。しかし、その還元主義的姿勢は歴史に根ざした権威主義として再興されるべきだと考えており、その意味で、権威主義からの逃避行を是とする昨今の現代思想風潮に異を唱えます。
 あるいは、19世紀音楽界におけるブラームス派とワーグナー派の論争に引きつけて言えば、「それぞれの形式が依拠する伝統に回帰する」還元主義である点で、方法主義はブラームス派的な純粋芸術運動であって、ワーグナー派的な総合芸術運動ではありません。しかし、方法還元によって「単一原理を同時代的に唱和する」点においては、各々の純粋芸術運動を横に連携する一種の総合芸術運動と言えなくもありません。「総合芸術・運動」ではなく「総合・芸術運動」であるという言い方もできるでしょう。方法主義においては、専門外であることを口実とした隣接ジャンルへの無関心は、怠惰とみなされます。
 還元対象として「形式」に代わるものとして持ち出した「方法」は、たとえば音楽における「対位法」のようなものが想定されていると解釈いただいても結構です。私には対位法と同じアルゴリズムによる美術作品や詩作品がありますが、このとき、対位法は形式を越えて諸芸に普遍する単一原理と呼ばれて構いません。(本宣言は必ずしも未来形の決意とは限らず、1997年以降の私の作品に対する自注を兼ねます。)
 ちなみに、篠原資明は一定の方法を自らに課すという意味で方法詩という言葉を以前から使用していますが、そこには還元主義という規定も形式に対立するという意味合いもありません。「拡大・再解釈」部分の責はすべて私にあります。ただ、このたび宣言文中における言及を快諾くださり、語彙選定に際してもお世話になった箇所があることに感謝いたします。 中ザワヒデキ

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●自筆文献「方法詩論」
思潮社刊「現代詩手帖」2000年4月号
(特集:ヴィジュアル・ポエトリー)


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