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 中ザワヒデ
 キ文献研究
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【留意事項】
本報告について中ザワヒデキは、事実誤認がさまざまなレベルで多々あることを了承の上で読んでいただく分 には公開しておく意義があるとし、公開している

第二期七回 

二〇〇八年七月九日

文献
「中ザワヒデキ以後6 反則ワザその栄光と挫折論」『ガロ』1994年11月号 p.252-253, pp.259-260
「松澤宥」『ガロ』1994年12月号 p.30-31, pp.261-262
「中ザワヒデキ以後7 幽体離脱論」『ガロ』1995年1月号 p.270-271, pp.265-266

中ザワヒデキ以後6 反則ワザその栄光と挫折論
|反則ワザ「私の立場」
|「反則ワザ:その栄光」
|「反則ワザ:その栄光」2
|「反則ワザ:その挫折」
|「反則ワザ:その挫折」今回の場合
|「反則ワザ:その挫折」最近のマルチメ関連

松澤宥 |逃した「松澤宥」は大きい!?
|逃した松澤宥は「量子芸術」の経過報告
|「オブジェを消せ」の啓示(電波系?)
|なぜオブジェを消せという啓示に従ったのか
|電波か?敬して愛するか?
|遠巻きにして敬される人物
|美術と言ってしまっていいか?
|「脳力」で遠くに行こう!
|補足・近代主義のまっとう者としての松澤宥
|補足その2・不完全性定理〜不完全性アート

中ザワヒデキ以後7 幽体離脱論
|幽体離脱とテレパシーの話
|デスクトップ内の「脳」
|デスクトップリビング論
|唯脳論という言葉だてでは
|そして脳死の話〜狭義完全テレパシーの不可能

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中:今日は松澤宥かな。僕はバカCGとかやってたから松澤宥に興味があると持つとは思えないらしい。

は:コンセプチュアルアートから見る方向と、神秘主義的に見る方向がありますよね、”松澤氏みたいなタイプは近すぎる日本人にはかえって遠巻きにして敬されてしまうのかな?われわれのようにもう氏の事を歴史としてとらえてしまう第三者的な世代ならいいけど、同世代で第二者的関係だったりすると、うっとうしくてたまらない、だけど憎めないってあたりでしょう。欧米でのウケの方が日本よりもよいというのもその辺からなのかもしれないと私は思っています”とありますが、瀧口修造はシュルレアリスムとして松澤宥を捉えていますよね。

中:本人自身が言ってるしね、シュルレアリスムみたいな事。あと知る人ぞ知る感があるからね。「REAR」でも書いてるけど、僕みたいな捉え方は少数派です。「REAR」では少数はじゃなくて負け組っていう言い方をしてるけど。

は:前半で気になったのは90年代後半型ニューエイジアートがたどり着こうとしている地平は、実は既に60年代に十分踏査され尽くしていて、その最終点が”人類よ消滅しようギャティギャティ”、それが気になったのですが、90年代後半型の比較としてどういうニュアンスなんでしょう。

中:90年代後半型といいつつ、これは94年12月なんだよね。だから予言的に言ってたんだけど、それは前の想う芸術でさんざん書いていたんだけど、ディシラ型美術とか。

は:オノヨーコが60年代ですね。いわゆるニューエイジアート、で取り上げた最終形態が松澤宥なんですか?

中:60年代との比較であれば、まず涅槃を目指すわけだよね、禅とかヒッピーとか。現実を逃避するとそこには幸せがあると、そういうことで現実逃避を追いかける。それはシュールレアリスムでもそうだし60年代もそうだけど、現実逃避を追いかけてその行き着く先は死のうという事になる。そういうことで到達点として松澤宥になる。90年代も前半から、ヴァーチュアルリアリティとかドラッグレスサイケデリックとか言われ始めていて、一種の現実逃避なんだけど、それで死ぬんじゃなくてそこに幸せがある。より良い所に行くために現実逃避があるんだけど、その完成型が死に向かう事だと言っています。

は:90年代でここでは予言的に書いてあることではあるんですが、松澤宥で最終型が既に起きていると?

中:ま同じ事を繰り返そうとしているんじゃないかと言う事です。

は:中ザワさんが松澤さんに直接興味を持ったのはいつですか?

中:千葉茂夫の現代美術逸脱史で松澤宥が一番面白いと想った。そこにあったのははがき絵画。

か:この前ギグメンタで展示していました。

中:これ朝日新聞で載せたときに、裏面はただの白紙なのに表面しか載ってなかった。で現代美術逸脱史で見る前に赤瀬川源平の”今やアクションあるのみ”で今は文庫で”反芸術アンパン”。その中でところどころ松澤が出てて非常に気になってた。読売アンデパンダンに出してた時代で松澤宥が”オブジェを消せ”という掲示を受ける前で、ここで言うコンセプチュアルアートをやる前の事なのね、赤瀬川源平の記述では。最もどろどろの情念のフェティシズム一杯の作品を作ってたときで、不思議な思い出と共に書かれている様な感じを行間から感じるんですよ。それを83年か4年位に読んで記憶していて、現代美術逸脱史が86年かな、で89年に近代美術史テキストを書いている時に読んで興味を持った。で調べてもあんまり無かった。そしたらあるレクチャーで松澤宥の図版が出てきた。で倉林さんに聞いて機關の存在を教えてくれて、13号かな、それが松澤宥特集でそれが岡崎球子画廊とINAXに売ってると聞いた。で買いに行った時に、岡崎球子画廊から量子芸術宣言が出てて、その本の出る直前に冊子が発行されてそれを買って、その3つではまりました。

は:岡崎球子画廊と山口県立美術館の展示内容は同じだったんですか?

中:そうですね、同じコンセプトの元に展示されたという事ですね。

は:量子芸術宣言に合わせての展示だったんですね。

中:そうだと思う。

は:1922年2月22日午前2時に生まれてとか。

中:午前2時は知らないけどそういう事にしてるんじゃない(笑)

は:”オブジェを消せ”は有名な言葉ですけど

中:現代美術史日本編に確か書いてるけど、松澤さんにとってはオブジェとマテリアルはたぶん同じ意味であって、ここはむしろ物質を消せという意味で使ってる。そういう意味ではオブジェじゃなくてマテリアルを消せの方が正確。ここでのオブジェはオブジェクト。物には物体的側面と物質的側面がある。で物体はオブジェクトと言う。物質はマテリアル。だから日本語では同じく物なんだよね。言葉に対する物質であって、物質も物体も言葉ではないという点で、彼にとっては区別はなされていない。なので物質消滅式という名前でキャンバスが消滅していくのを見せていて、それとオブジェを消せというのは彼の中では一緒なんだよね。だから物質という点でオブジェという言葉を使ってるんだけど、物体と物質という厳密な言葉の使い分けで言うならば、これはマテリアルを消せと言い換えるべきだと思っています。だけどマテリアルを消せだと説得力ないからね。ただ日本語ではカタカナのオブジェでいいんだけど、英語に訳した時にどう訳すかが問題ですね。

は:アメリカでは評価が良いと聞いたんですけど。

中:それも問題があって、本当に評価が良いのかはわからない。岡本太郎だって海外では有名な作家として日本で受けていた時期があったわけだけど、そんな事無かった。実際にフランスにお友達は居るわけだけど、それだけで海外ではとても有名みたいに日本で紹介されて日本の中ではそう思ってたけど実際はそうでもないみたいな事は結構あります。コスースが松澤宥をちゃんと認識したのは結構最近で、あなたよりも早くコンセプチュアルアートをやった人が居ますとか言って、コスースがライバル心を燃やしたとか、逆に言うと松澤宥があんまり知られていない。けどサンパウロビエンナーレとか松澤宥を持ち上げているのは欧米人、但し欧米人の日本人に対する評価は気をつけないといけなくて、東洋大好き欧米人は結構いるからね、そういう評価はあんまり意味ないんだけど、そういう人がとても評価しやすい位置に松澤宥はいるわけなんだよね。そういう意味でも日本の東洋思想に大変詳しい松澤宥先生みたいになってしまうんだよね。実際東洋思想には詳しいんだけどね。

は:概念芸術、本人は観念美術と言っていますが、その時期に入る前の作品があるんですよね。

中:素晴らしい作品ですよ。アウトサイダーアートを見ている気持ちになりますね(笑)赤瀬川源平の言い方だとなにしろ色彩が素晴らしい。本人の言い方だと嘗めずるように愛し、抱いていた。そういう作品。平面もあれば立体もあって、性愛的な物で、性器をかたどった物のようなものとか、宇宙に雲があるようなものとか。立体もある。一部国立近代が所蔵してる。

は:松澤宥がオブジェを愛するが故に消してしまったと。突然変わってしまったというイメージですかね。

中:その後もちょこっと作ったりしているらしいんだけどね。機關の編集は今泉さんね、美学校の元校長。ちゃんと文献研究に続いていますね(笑)

は:”オブジェを消せを歴史としてインプットしてしまった我々の世代にはないリアリティが、むしろ松澤氏と同じ世代と思しき今泉氏の文章(「しかし、なぜオブジェを消せという啓示に従ったのか、吾々は覚醒時であると、睡眠のさなかであろうと、有形無形のメッセージのまっただなかにいる。そのなかのひとつを天の啓示として選択することの条件はなんであったか。私事で恐縮だが『当分の間、絵を描いてはならぬ』と私に命じた者は、私であった。どこが違うか、松澤宥が自分に「オブジェを消せ」と命じたのである。それは何故か。」《機關13号》)からうかがえます。そーなのだ、芸術の必然であったのはよいとしても、ナゼにこれしきの事が天の掲示である必要があたのか?”っていう後にある種選ばれた人間であるかもしれません、これを神秘主義と言ってしまおうか?新興宗教でいえば教祖様タイプ(?)今で言えばやはり電波系とゆゆー言葉の範疇に限りなく近いかもしれない(?)

中:電波系という言葉はもうないよね?

か:最近また復活してきました。youtubeとかニコニコ動画のコメントとかで電波とか見ますよ。

ひ:パナウェーブは電波ですね。

中:そうそう、典型。パナウェーブと松澤は重なる。諏訪湖周辺の話だし。理由はフォッサマグナ。

は:”電波か?か啓して愛するか?”では中ザワさん自信は二人の人格が同居していて、見方が二つあると。

中:今思うと、僕がアウトサイダーアートに対して、西洋画人列伝でルソーについて書いた事でもあるんだけど、ゴーギャンとかピカソとかアポリネールが、他方ではからかって、他方で賛美したわけなんだけど、両方あって初めて正しい対応だと思うんだけど、僕もそれに似ているかな。一方できちんと電波だと、もう一方では常人凡百の美術家がたどり着けない地平をきちんと松澤宥が到達していると言うような事を同時に見なくてはいけない。そういう見方している人はいないかな、好きと受け付けないで両方に分かれちゃうね。日本美術史から無視して話進めちゃう人は宗教と芸術を混同していると切り捨てたり。好きな人の方の評論家はあんまりいないかな。あ、今泉さんがきちんとやっています。寄り添わず、きちんと話を聞いている。

は:山口県美での「ミメント・モーライ」展のBT94年10月のレビューでは大井健地氏が二十年前にはうさんくささを感じていたのが、今は松澤宥その人その仕事を憎めない。とあります。

中:20年前を知らない僕にとっては証言の一つになります。当時は当時は遠ざけられていたんだ、という風に。今は誰でしょうね。芸能界とかで居そうですけどね。町田康とか、康になって感動的な小説を書く人だったんだねみたいな。それが現在に当たる人、あと増山麗奈とか可能性あります。

は:そうなったら面白いですね(笑)

中:可能性ありますよ。マザーテレサみたいになるかも(笑)20年後に円熟性が語られる例として注目しておきます。僕もそうかも、バカCGでミッキーの耳つけて写真とったり90年代には上半身裸で取ってたし。本当に胡散臭く見ていた人はいたよ。それで良いと思ってたし。美術全否定でイラストレーターですみたいに言ってたし。それを悔い改めて(笑)美術家になってそれっぽい作品を作るようになったけど。

は:その流れの中で、”美術家と呼んでしまっていいか?”では今泉氏の引用で”美術家という名辞でくくってしまっていいのか、疑問である”とありますが今でもそういう見方はありますか?

中:今も強いですね、あれは僕には美術には見えないという人も未だに多いと思うよ。

は:本人はそういう見方に対してコメントとかあるんでしょうか。

中:本人は美術も無くなればいいという見方だから、そういうコメントはしてないと思います。コミュニケーションも愚であるとも言っています。とはいえ美術にとらわれてもいるんだよね、多分無自覚に。量子芸術に関しても、その始まりにおいては、量子力学と類似の概念による芸術であるとあって、何故芸術の話に戻るんだと言うのが自問されずに自己肯定されている。

か:美術文脈以外で名前はでてくるうんですか?

中:詩ですね、元々詩人として出発して、そのは叙情詩を書いていたのが記号の羅列の詩になって行く。で最後に文字を捨てようと言って記号詩になる。そこでそれが美術に見えてくる。そこで詩のまま記号詩を続けていれば、彼は視覚詩の第一人者になってた。けどそうはならずに美術に見えると言うことで美術に入ってしまった。そこで肩書き替えをして、記号詩からの発展系として絵を描き始めた。で長らく美術家として情念ドロドロの絵を書いた。その後で美術をやってるにも関わらず、物質を捨てるという事と同時に言葉が使用された、言葉で美術を語る。で前に詩から美術に行った理論で言えば美術から詩人になるべきだった。ところが今度は美術家のまま文字を使い始めた。そこで後から見ると最初のコンセプチュアルアーティストになった。で実際現代詩手帳とかに美術家時代の言葉の作品が載ったりしています。あと北園克衛のVOUの同人でもあった。そこで北園との対立した経緯もあるらしい。だから詩の文脈でも出てきます。でも今は出てきませんね。今語る事ができるのは立畠さん、松井茂。我々方法主義者が一応その役目の位置に来ている。僕はもうやんないけどね、僕はREARを書いて一応やるべき事はやったかなと思っている。進めましょうか。

は:”今泉氏が「私には、松澤宥は悪いひとだと云わなければ収まりのつかない思いがある」と書いているのがものすごくステキだと思う。余談ですが、三木富雄氏の事を「耳に選ばれたと言ってたただのバカ」と書いていたのが忘れられない最高の評論”とあるんですが、今泉さんはそういう文章を書く方。。。

中:そうです。この明らかな駄目な時代、いいですね。三木富雄さんの文章についてはREARに載ってますので今後読んでいきます。

 方便・九が引用されていますね、753世紀のことどもを思っても空しいまして999万世紀のことどもはなお空しい一層いつか一切が無に帰った後の事を思い見よ無の後は無の後は無の後は無の後は○○○○無の後は、、この○○○○ってなんだ!これは敬して遠ざけられて当然でしょう(笑)素晴らしいですね。

は:方法ではタスマニアタイガーのやつでしたね。

中:最後に引用されてるのも素晴らしいですね、いきなりハイパー空間に転送されたあなたは肉体を失い精神だけの存在であることを確認さて今そこに眼をむいて一呼吸しながら二つの銀河を見る間の一秒間は実質二千年の流れ 時間ステーション

か:方便・九は今手に入りますかね

中:入るかな、岡崎球子画廊にあるかも。

は:”岡崎氏が話してくれた例で言えば、実際にロケットを飛ばしたりしてる事などあまり面白くない、そんな次元じゃぜんぜんダメで、「脳力」でもっとずっとずっと面白く遠い地平に行けるのだという事です”と言っていますが、、

中:「脳力」っていうのは岡崎さんの造語です。岡崎さんは造語をする人らしい。造語新作っていうのは精神科の本とかに出てきます。たくさん造語する人とかいます。

は:”電波な人って量子力学とか現代物理学とかUFOとかにはまりますよね”ってありますがこれはこの他でも何回か言ってますね。

中:さっき言った叙情詩から概念詩、概念詩から記号詩に行った時は、日本語で書くと日本人にしか通じない。だからといって英語で書いたりエスペラント語で書くって言う話ではない。そんな事しても地球人にしかわからない。もっと宇宙全体に見せるために記号詩になる。実際に宇宙人に見せる為の芸術をやってる。ウンモ星人っていうのが実際にいるっていう本があって、辞書も出ててそれを使った詩。そういう事に詳しい人が見ても、凄く詳しいらしいよ。湖に見せる為の白色円形根本絵画という作品では、”あなた方は招かざる客にすぎない、文字通り湖に見せるための絵画であり云々”とあり、松澤さんにとってわれわれはいきなりハイパー空間に転送されたり招かざる客だったりします。

は:松涛美術館でのコレクション展で見ましたが、その他の作品もとても面白そうです。

中:なんか歌声が聞こえてきたね。

か:去年もやってましたね、中学生〜♪中学生〜♪

中:去年の田村君のレポートでも書いてあったね。

 で脳力みたいな事はイヴ・クライン言ってて、空中飛翔する芸術家をやった時に、実際にロケットが飛んだ時期で、実際にロケットが飛ぶとか飛行機が飛ぶとかそういう道具を使って飛ぶことに何の興味もない。自分の力で飛ぶことができるのだ!で飛んで骨折してるからね(笑)

は:補足の”近代主義のまっとう者としての松澤宥”では中ザワさんは”「安易なモダニズム批判」を批判したいのですがたいていのモダニズム批判に私が懐疑的になってしまうのはそれが安易な救済論になりがちだからであって、たとえばニューエイジは眉唾だと思っています。真のモダニズム批判をしようとしたら、松澤氏の辿った道以外にはないのではないか?”とありますが、前に90年代後半ニューエイジアートと60年代の比較がありましたが、、

中:要するにシュールレアリスムと同じ事でニューエイジを捉えてもいいんだけど、シュールレアリスムはモダニズム批判な訳ね、で、それが単なる死の時代の延命策でしかないんじゃないかという事ね。これは「方法」の話者と非話者の関係で詳しく述べているけど、話者とかモダニズムであると言っていて、その話が94年の形ではこういう形で出ています。”話者、話者糾弾としての話者、話者糾弾としての非話者、非話者糾弾としての話者、非話者糾弾としての非話者”とかそういう話ね。

は:アートには本人はこだわってたんですか?

中:凄いこだわってる。言葉としては否定してる。けど態度としてはアート以外の何者でもない事ばかり考えています。ちなみに私の松澤宥の似顔絵イラストを載せたんだけど、これがきっかけで似顔絵の仕事が入りそうになった(笑)

 次行きましょうか、反則技その栄光と挫折論ですね。

こ:反則技と有効な季節とそうでもない季節があて、後者が圧倒的に長いという事がある。

中:ここで言ったのはダダの事ですね、ダダは30年ごとに一時期有効になるけど、後は有効ではないと言うことになりますね。

こ:で”反則ワザが最近無効であるどころか、反則「ワザ」ですらありえない、ただの反則があまりにも目につくようになった”のがこの稿を書こうとしたきっかけになってるんですね。

か:この時の反則ワザっていうと?

中:シミュレーショニズムの事です。あるいは東京ポップ、スモールヴィレッジセンター、中村と村上等々です。これが有効なのは今だけだという感じは凄くあって、94年ではもう無効だろうと思ってた。反則ワザが何故無効になるかというと、それが反則ワザが方法論になるためには、反則になるための正当な法則がきちんと確立されていなくてはならなくて、ところがそれが方法論になってしまった時点で、正則がなくなってしまう。なので極めて短い時間でしか有効ではない。で正則がきちんとできるまで30年位かかる。

こ:分かりやすいのはデュシャンの泉ですね

中:ですねあれを方法論として、デュシャン以外の人がやってももう意味が無いのであって、それはデュシャン自信でもそうだった。レディメイドを作ったのは最初の数年だけですね。

は:ここで言ってる反則ワザというのは要するに美術で言えば、美術内美術のメタな行為って事ですよね?

中:そうだと思うけど、そうではないのもありますね。最初のレディメイド作品を自転車の車輪としているものもありますね、この辺は難しい。本人自身が作品かどうかと思うかの問題もあるし。自分の楽しみの為に回してたものですからね。

は:部屋に飾ってあっただけなんですよね、本人が後からレディメイドと言った。

中:そういうのは最初の抽象美術の作品とか、音楽だと最初の無調の作品とか12音技法の作品とか、キリがない、どれが最初のものかっていうのは。で後でそのジャンルが確立してからやっと最初探しが始まるんだけど、最初はいろんな余計な意味が付いてたりどの程度自覚があったかは疑わしい、しかし本人の意識上には無かったが彼は無意識には知っていたはずだとか言いってる論文もあるから、難しいですね。それについては岩波の「哲学」に書きましたので。でね、泉はね、訳すときは噴水と訳さないといけないんだって。

こ:でデュシャンの反則が強烈すぎて、”以降「デュシャンの問題」をどう考えるかが美術であるという事になってしまった””ピカソが遠近法的空間を破壊し、カンディンスキーとモンドリアンが絵画が具象物を参照しなくても良い事にさせていたワケだど、しかし「何もしない」てのはやっぱもー極地なワケです。”の次に”写真の発明したとともに、じつは美術はすでに死んでいた。この「死んでいた」事にしちゃうってのもみんなが好きな常套手段”とあって、これは美術じゃなくて絵画ですか?

中:そうだね、混同してるけど同じような意味で使ってました。

は:良く言いますけどね、死んだとか。

中:モダニズムは死んだといって終わりにするのが好きです。松澤宥も最終芸術とかいうのはとってもモダニズム、けど本人はアンチモダニズムのつもりでやってるんだけど。僕から見たら典型的なモダニストですね。

は:漫画家でも反芸術的仕事がある例で蛭子能収が出てきてますが。

中:金属バット事件のやつね、今旬の話題ですね(笑)府中に変わったけど。

は:TVと漫画のイメージは全然違いますよね。

中:初期三部作は凄いですよ。特に私は何も考えないは。

「お前は何を考えていたんだ」

「何も考えていない」

「絶対何か考えてる、お前が太陽を背に腕を組んでいるのは何か考えていた証拠だ」

「いや、単に太陽を背に腕を組むのが好きなだけだ」

「そんな事はない!ここに嘘発見機がある」

「・・・本当に何も考えていない。。。」

というものね。

こ:”やはり何より反則ワザのブチ壊し感がスゴイのです。そこを第一義的に考えたい”ではデュシャンの「L.H.O.O.Q」を例に上げています。

中:このブチ壊し感はメタ的なブチ壊し感ね。

は:以前上野でモナリザ展がやってたんですけど、本物は一点もなくて、全部贋作とか模写とかあって、やっぱりモナリザ凄いなと思った。

中:それはROMーRAM生死論の話だね、モナリザを見た人に記憶となって、RAM親和力が高いからたくさん再生産されたという事ですね。

こ:ここまでは反則ワザの栄光の話で次は挫折の話になります。”元祖ダダイズムも、当初は良かったのがそのうち何でも反抗しているだけの状態になって収集がつかなくなったバカ騒ぎと化し、あるいはそれを避けるためにシュールレアリスム運動も、口先では夢や狂気という現実よりも高次元に即した芸術といいつつもダダ以降にも絵を描き続けるための情けない言い訳とかつじつま合わせにすぎない、反則ワザから一歩後退した保守反動的性格のものだったワケです”とこの後に一周して日本のネオダダの話になって、”東京都美術館爆破計画になると、反則ワザとして皆の共感を得ることができるのか?ただの反社会的なだけじゃないか?方向性を推し進めると当然反社会的思想に行き着いちゃうワケで大変難しいところでもあります。”の後に「いまやアクションあるのみ」「東京ミキサー計画」。

は:これを書いた94年の時期はもう反則ワザは通用しない時期に位置づけていますよね。

中:東京ミキサー計画は83年位に読んだときに、今はもうできないなと思った。あれは反則ワザの本ですよね、反則ワザが有効だった時期の。素晴らしい反則ワザの本なんだけど、83年の時点では楽しむことや懐かしむ事はできても、”今”これと同じ事はできないなという時代でした。83年当時はそうでしたね、所が90、91年位に、あれもう一回反則ワザやって良いんだと直感した。東京ミキサー計画と同じ事をできるんじゃないか、という時代が91、92年。93年のギンブラートで終わるんだけど。

こ:直感するっていうのはどういう事でしょうか?

中:今はやんなきゃいけない、むしろ使命感ですね、できるできないでもあるんだけど、気づいた以上誰かがやらなきゃいけない、その誰かは自分だろうという。

は:中ザワさんのイメージだと分析して行動しそうなんんですけど。

中:この文章も分析してやってるんじゃなくて、分析的に偽装しているに過ぎません。(笑)でも無意識レベルの話をすると先の様に分析を知ってたからこそ直感で現れたとも言えるね、混ぜ返してどうする(笑)

 これが出たのが94年11月でオウム真理教の事件が95年3月だからその前の記事だよね、地下鉄サリン事件と東京ミキサー計画の風景が似てるんじゃないかって話題になったんだけど、それを最初に言ったのは白川昌生だった。でもそれは911の時もあった。これは芸術と繋がるみたいな、それを先に言っちゃったせいでとばっちりくらったのはシュトックハウゼン。中沢新一もオウムの時にそうだった。で911の時にシュトックハウゼンを擁護する形で当時の自分を重ねた文章を書いている。反社会的な事件と前衛芸術が繋がるという連綿とした系譜を赤瀬川さん自信のリアリティがここの赤瀬川さんが幼女誘拐殺人事件への”...しかし私はちょうどそのころ顕在化していた幼女連続誘拐殺人事件のことが気になっていたのだ。逮捕されたその犯人像が世の中にショックを与えていた。私の場合のショックは、その犯罪の背景にちらっと感じた、かつての前衛芸術の余波というか、その残滓のようなものだ。いわば前衛芸術の黒体輻射みたいなものというか。...”にかかれています。

 話を少し戻すと反則ワザの例でラグビーが出ていて、”名門ラグビー高校のある生徒が、サッカーの試合中、突然ボールを手に持って走り出してしまった!”その素晴らしさはラグビーの競技の中には無いよね。そういうふうに反則ワザのザワをなくされるラグビーという無難な物になるのか、あるいは完全に反社会的になって居場所がなくなってしまうという事があります。

は:バカCGは反則ワザだったんですか?

中:そうです。コンピューターグラフィックスは当時立派で素晴らしいものだみたいな。バカCGっっていう言葉は今は全然リアリティないけど、CGというだけで”私にはわからないけど凄いもの”みたいな時期があって、それにバカを付けることでインパクトありましたね。パソコンが雑貨になる前の時代です。

 ここで”JAPAN ART TODAYも「複製・改変自由」のうたい文句を取り下げなきゃならんかも”と書いてあるけどこの後すぐに取り下げましたよ。

か:これは何故ですか?

中:志の高さが無くなってきたんだよね、原始共産制がデジタルデータによってやっと世の中に到来するのだという志があればいろいろ素晴らしい世界があるんだけど、ただ単に複製・改変自由ならいいやっていって大々的に売るとかね、僕に断りもなく雑誌のおまけCD-ROMに入れられちゃうとかね。

 次行きましょうか

か:幽体離脱論です。デスクトップを整理して自分の部屋を見渡したらぜんぜん片付いていなかった所から始まっています。

 幽体離脱とテレパシーの話でここではパソコンとOSを幽と体に例えて話を進めています。パソコン=ハード=肉体=体、OS=ソフト=精神=幽と考えると幽と体が分離していると。

 次に”テクノロジーの最終目標はテレパシーだという命題について、幽体分離という概念を使って、人が作り上げたコンピューターも、幽の延長の為に作られたのであって、幽体分離が前提となっていて幽は体から離脱したがる。で遺伝子情報という幽が生物という体を乗り換え乗り換えしたがり、「進化」という言葉で語られる事態すら引き起こした”狭義のテレパシーが意識と意識のテレパシーで、広義のテレパシーがパソコンだったり電話だったりFAXだったりする訳ですね。

は:十年以上前にICCでのトークショウで携帯で冷蔵庫とかガスとかの電源を付けたりしたいと言っていて、幽をどうやって延長させるかの話ですよ。

中:デスクトップ内の幽では、パソコン作業時にはパソコンが幽の場所になるっていうのは、パソコンの中ではマウスポインタの場所が自分であるという意識が既にあるから、クリックするときはマウスじゃなくてポインタが自分だと思ってる。

か:技術が発展したらマウスなしでポインタが動かせる。

は:今も視線で動くやつとかありますよね。

中:それが進むと思うだけでできるようになる。脳波ドローイングみたいにね。

か:それでそのパソコンのデスクトップの様に「思えば成就する」のまま部屋の片付けをしたいと。

中:うん、今なら携帯でこそ自分を表現することが出来ると思ってる人いるんじゃないかな、いくら小さくて不自由だと思っても。逆に直接合って話す方が鬱陶しいっていうリアリティもあります。

は:でそれを極めたのが松澤宥の「すべてのコミュニケーションは愚である。無い方が良い。」

中:でもその後にあるように地平の話ね。ここで言っている幽を加速させるのがテクノロジーの話であって、テクノロジーの話=モダニズムの話であるとするならばパソコンとか具体的な事ではなく、言葉を使いコミュニケーションをするとはどういうことなんだという観念論的な話も出てて、そこに行くと松澤宥の言った事と繋がる。

か:デスクトップリビング論では94年時点で、パソコン上で家電を全部操作したいという話。

は:リモコンって不便ですよね、リモコンを探さなきゃいけないし。

か:次に唯脳論との関連で、”すでに幽体分離しているという立場からは唯脳論という言葉だてでは見落としてしまいがちな重要事項が多すぎると言う事で、唯幽論、又は唯データ論と言った方が良い、つまり脳は肉体の一部であると。幽は一見脳の様にも見えるが、フロッピーディスクの中には何の変哲もない磁気体しか入ってないにすぎないのと同様、脳にも神経細胞とか神経繊維と随液しか入っていない、脳内のどこにも幽は無いという事をこの際銘記しておく””ところがいくら幽体離脱しているからといって、体を持たずに幽は存在できないワケで、また、体を通さない限り、われわれは幽はそこにある事すら認知できません。”そしてメディア特性の話になって、モーツァルトをCDで聞くのかレコードで聞くのかスコアを読むのかは同じなのか違うのかという話になります。

 次に赤瀬川源平の”「『何?芸術を見ただと。どこだそれは……』と言って警察が駆け込んできたとしても、はいこれが……、と数量的に示せるものではないのですよ、芸術は。芸術のスタイルだけは公的に示されているとしても、芸術そのものはスタイルの奥に隠されているのです。」(赤瀬川源平著 東京ミキサー計画)”が引用されていますが、芸術自体は幽という事ですか。

中:ここは赤瀬川の芸術がコンセプチュアルアートだという事かな、絵画なら絵画の中に芸術があるのはわかるけど。

か:概念的なものであってそこに体があって外部の観察者がいて芸術となる。

中:首都圏清掃整理促進運動のパフォーマンスにおいてはそこには清掃している人がいるようにしか見えない。どこに芸術があるのかわからない。だけど見る人が見れば、ただの掃除ではないと思うかもしれないし、あるいは最後まで気づかないまま横断歩道の前で3回も信号待ちをしたタクシー運転手もいるわけです。

は:講演で裁判の事を話していて、これが芸術ですと警察に説明するのがこれほど難しいものかと言っていました。

中:それまでは芸術ではない芸術ではないと言ってたのが一転して芸術だといわなきゃならなくなった。

か:最後に脳死の話が出てきて、どこが死か。それで最後に”結局幽こそが人が生きているという事だと私は思うのですが、とすると脳死はまだ低レベルの議論に過ぎないはずです。””しかし技術的にも理論的にも実は進めないかもしれない。”

中:”外部の観察者じゃなくて外部の力と言った方が適切かもしれない”とあるんだけれど、外部の観察者の話がAC電源や太陽光線だって言うのは理論的に迂闊だったと思います。電源とパソコンがあった所で機動しない。機動したとしてもそれがどういう意味を持つのかっていうのは外部の観察者にとってこういう意味があるというのが無くてはならなくて、ただ電源がないとだめなのも確か。でも外部の力と外部からの観察者がごっちゃになってるかな。補足。

 脳はたまに流行るね。

は:臨死体験する人は上から自分が見えるらしいですね。

中:そうね、俯瞰して見えるらしい。

か:半田さん臨死体験したことないんですか?

は:無いです。

20090528 文責:平間貴大

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