方法 第15号 2002年7月3日発行 日本語訳

ゲスト=ジョン・ソルト

機関誌「方法」は、転送自由のEメール隔月刊誌です。その目的は、方法絵画、方法詩、方法音楽などの方法芸術の探求と誌上発表です。受信に差し支えあるようでしたらご連絡ください。ご希望に添えるようにいたします。
- 「方法」同人: 中ザワヒデキ(美術家)、松井茂(詩人)、三輪眞弘(作曲家)
- 方法主義宣言 http://aloalo.co.jp/nakazawa/method/
- 日本語訳 http://aloalo.co.jp/nakazawa/method/index_j.html

巻頭言  松井茂
ゲスト原稿:
狂気の中に方法がある  ジョン・ソルト
ゲスト作品:
無題  ジョン・ソルト
同人原稿:
方法主義Q&A  中ザワヒデキ
量子詩へ  松井茂
身体を合成する  三輪眞弘
同人作品:
「149101枚の硬貨から成る353100円(金額第二三番)」組成表  中ザワヒデキ
量子詩  松井茂
津田式  三輪眞弘
お知らせ、編集後記

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方法 第15号 ゲスト=ジョン・ソルト 日本語訳

巻頭言  松井茂

 今号で英語化された機関誌「方法」は三号になります。詩は母語という制限があるという点で、美術や音楽と異なります。しかし、我々はあえて詩人をゲストとして招きました。ジョン・ソルト氏です。彼は80年代から日本とアメリカの詩壇の橋渡しを務めています。日本では、今日、国際詩の運動は低調です。私は、彼の詩と詩学に関する、現状での意見を尋ねることを意図しました。
 ソルト氏は、アメリカの詩人として35年間の詩歴があります。北園克衛(1902〜1978)について、「Shredding the Tapestry of Meaning」と題した本も書いています(北園の「プラステイック・ポエム」は日本の視覚詩の先駆)。日本では、「無題」と題される彼の詩を、「gui」と「青焔」で定期的に読むことができます。他にも、視覚詩の制作、時折、舞踊家、音楽家とコラボレーションをしています。
- John Solt http://www.highmoonoon.com


ゲスト原稿と作品:

狂気の中に方法がある  ジョン・ソルト

 私にとって幸運だったのは、自分で詩を書き始めるようになってすぐに詩人のケネス・レクスロス(1905-1982; www.bopsecrets.org 参照)に出会ったことである。1960年代には「グル(導師)」という単語が流行っていたが、ケネスは自分がそう呼ばれることを頑なに断っていた。今日、多くの生徒や友人たちにとって彼は「メンター(良き指導者)」だったと人々は言うだろう。私もその一人で、私は18歳から32歳、彼は62歳から76歳だった。
 レクスロスが私に語ってくれた重要な話のひとつは、「良い詩人で不愉快な人たちは大勢いる。良い人間でいることの方がより重要だ」ということであった。これは人生の教訓であった。
 ある時、レクスロスが誰かから送られてきた詩を読んでいて、感動はさせられなかったのだけれども、こう言ったことがある。「出来の悪い詩でも間違ったことは何もない。何といってもただの詩だからね。爆弾じゃないんだ」。
 私にとって詩における「方法」は日常的に考えている問題ではない。それどころか、もし私が私の方法をすっかり理解したとするならば、興味を失って書くのを多分やめてしまうだろう。私は、衰えつつある私の頭蓋から、神秘のうちに何が私の詩に立ち現れるのか、興味を持っている。
 普段「方法」に頓着しない理由は、おそらく私がそれを持たないためだろう。私にとって、詳細な分析を経た詩想なんて、定義から言っても、詩的とはいえない。
 顕れ出るものは何でも霊感だ。あとから形にするには直観が効果的だ。ちょうど、死んだ鼠たちを庭に円座に埋めたり、ワイシャツの裾をズボンに押し込んだりするように。
 三十年前、アルゼンチンの小説家が…彼は麻薬常習者だったが…私に言った。「おまえの詩では、石を彫るがごとく、注意深く言葉を選ぶがよい」。彼の石っていうのは(麻薬の)粉でできていたわけだ。
 毎朝私は世界がここにあるということに、よりいっそう驚いている。だって、そうだろう? 私の方法は不条理の首ねっこを刺し殺すつもりだ。  詩の間を川々が絶え間なく流れている。だがいったい何人の詩人が、彼らの詩を川に浸しているだろうか?


無題  ジョン・ソルト
http://www11.u-page.so-net.ne.jp/td5/shigeru/untitled.html


同人原稿と作品:

方法主義Q&A  中ザワヒデキ

[Q1]方法芸術家にとって個性とは何でしょうか?
A:個性は要求されていません、なぜなら方法は普遍であるべきだからです。方法画家Aさんの作品と方法画家Bさんの作品は、必ずしも見分けられなくてよいのです。これは、分析的キュビスム時代のピカソとブラックの作品に似ています。
[Q2]方法芸術において美とは何でしょうか?
A:クールベの時代から美術は美から分離しています。方法主義は権威を参照しますが美を参照しません。ですから、方法芸術は形式美ともアルゴリズムの美とも関係ありません。
[Q3]方法芸術は人間を感動させられるでしょうか?
A:わかりません、なぜなら人間の感情に訴える意図が無いからです。むしろ無感動やアパテイア、ストア主義が方法主義に近いのです。さらには神秘さえ、意図されてはいません。方法芸術を成立させるには単純な算術で十分なのです。
[Q4]方法芸術は普通の観客には閉ざされているように見えませんか?
A:申し訳ございません。方法芸術は数学のように論理に向けて作られていて、娯楽のように観客に向けては作られていません。
[Q5]方法主義は行き先が無いのではないでしょうか?
A:そうです。というのは、方法主義自体が行き先で、方法自体が目的だからです。「次」は存在しません。あるいは、もし「次」があるとするならば、私はすでにやっていることでしょう。
[Q6]方法主義はモダニズムを超えられないのではありませんか?
A:方法主義はモダニズムの一形態です。ゆえに方法主義はモダニズムを超え「ない」のです、超え「られない」ではありません。ちなみに、方法主義はポストモダニズムに反対です。さらに方法主義は、ポストモダニズムもモダニズムも受け容れないとするモラトリアムにも反対です。
[Q7]方法主義は二十世紀初頭の前衛の焼き直しにすぎないのではありませんか?
A:そうです。当時の前衛を古典と呼べるなら、方法主義は新古典主義の側面を持っています。その意味では、われわれは芸術史に新しい何かを付け加えようとは考えていません。われわれはただ、モダニズムが帰結した同語反復を見つめ続けようとしているのです。
[Q8]方法主義は、作者の好みによって方法を選択するという余地を残していませんか?
A:方法主義を必要条件ととらえるならば、おそらくその通りでしょう。このケースはベルクの十二音音楽に似ています。そこには彼の好みが顕われています。しかし、方法主義を必要十分条件ととらえるならば、作者の好みによって方法を選択するという余地はほとんどありません。このケースはウェーベルンの十二音音楽に似ています。そこには彼の好みよりは、十二音音楽自体が顕われています。私の見解は後者のケースです。
(これらのQ&Aは主として美學校の講座「方法主義宣言」で討議されたものである。)


量子詩へ  松井茂

 20世紀の前半、ニュートン以来の古典力学に革命が訪れた。量子力学の登場だ。それは世界観を変えた。様々なジャンルで量子力学を反映した方法論が採用された。デヴィッド・ドイッチュが1985年に発表した量子計算もその一例だ。
 美術の世界では、同時期に美術家・松澤宥が「量子芸術宣言」(1988年)を発表している。松澤は宣言の中で「この芸術は量子力学の量子の概念と近似の概念による芸術である」と説明している。
 余談だが、彼のアトリエは「ψ」と呼ばれている。「ψ」は、量子物理学では波動関数を意味する。同時に最後の手前を意味する。松澤の芸術を考える上で重要なタームである。
 詩は、同時代の世界観の鏡だ。「量子詩」はあるべき詩の概念だ。20年ほど遅れはしたが。
 三橋圭介は音楽評論家で、彼と私は、「5日毎 当日発表」というEメールマガジンを、2002年3月11日から6月14日まで発行した。100日間に20回、Eメールを発送。私は以下のようなテキストを書き続けた。
「2002年3月6日東京。毎日新聞朝刊より予想最低気温最高気温。本日8度20度。7日7度13度。8日4度13度。9日6度16度。純粋詩2行を書く。HP更新。2002年3月7日東京。毎日新聞朝刊より予想最低気温最高気温。本日5度15度。8日4度12度。9日6度17度。10日9度17度。純粋詩1行を書く。2002年3月8日東京。……」
「量子詩」はこのテキストに基づく作品だ。この詩は、天気予報を記録することによって、「多世界解釈」を提示する。また、古代の詩は予言であり、未来に関わっていた。それを、現代の方法論で復活させる試みでもある。
 私はドラマを欲しているのではない。必要なことは、現象を現象として提示すること。誰が過去を整序する比喩など必要にするものか? 私はあらゆる現象を記述することを欲する。現象を理解する必要はない。
 本来20世紀中に書かれるべきだったこの作品を「量子詩」と呼ぶ。


身体を合成する  三輪眞弘

(以下話題にする「またりさま」については前号の発表作品を参照。)
 「小学生8人を拘束して2年間徹底的に訓練すれば、想像を超えた完璧な“またりさま”アンサンブルができるはずだ!」とぼくが言いだしたら、人はトンデモナイ思いつきだと考えるかもしれない。しかしそれは小学校や様々なお稽古ごとの場で日常的に行われていることと何もかわらない。考えてみればこのような訓練(教育)による学習こそがぼくらの身体を規定し、文化を支えているわけだ。“高速またりさま可能な身体”は“平泳ぎ可能な身体”や”そろばん計算可能な身体”とこの地上における存在理由においてどこが違うというのだろう? 二足歩行や言語を操ることだって、驚くべき訓練の成果であることは言うまでもない。ただ、誰もが必ずしもやるとは限らない特殊技能において、人間の身体というものをぼくらはことさら強く意識する。そして様々な音楽は紛れもなくこのような特別に訓練された身体によって支えられてきたし、今後もそうだろう。
 ならば、これからの音楽の可能性を考える時、身体だけは今までの習慣によってのみ生み出されていくものだという暗黙の了解を疑ってみる必要があるのではないだろうか。そもそもある日本人が“ショパンのエチュードが演奏可能な身体”を持つことは、それがいくら洗練されたものであったとしても、日本の伝統から生まれてきたものでは決してないのだ。新しい身体についてのビジョンを考えることは同時に新しい音楽や文化を考えることでもある。ターンテーブル上のレコードを擦ることを考えたヤツがでてくると、他の誰かが驚くべき正確さでそれを操り、新しいパフォーマンスを生みだす。そのように突発的に、恣意的に、しかし現代という時代の必然性に従って新しい身体が生まれてくることがこれからもっと起きるのではないだろうか?


「149101枚の硬貨から成る353100円(金額第二三番)」組成表  中ザワヒデキ
http://aloalo.co.jp/nakazawa/method/work015.html
ある単純な規則によって日本の硬貨を集めたところ、149101枚の硬貨から成る353100円となった。この組成表はその規則を示している。すなわち、一円玉1個による1円から百円玉1個による100円まですべての額を表す手段の全部である。たとえば5円は五円玉1個でも、あるいは一円玉5個でも、表すことができる。


量子詩  松井茂
http://www11.u-page.so-net.ne.jp/td5/shigeru/QuantumPoem.html
上記原稿参照。


津田式  三輪眞弘
http://www.iamas.ac.jp/~taro02/tudashiki/tuda-shiki.html
東京芸術大学で行われたワークショップにおいて参加者の津田さんが考えた「逆シミュレーション音楽」。2つのグループが手のポーズと足のステップで交互に数を伝えあい、アルゴリズムに従って移動していくという作品。音は使っていない。ウェブのテキストは日本語だが、本作の動きの映像は見ることができる。


お知らせ:

ジョン・ソルトより
- 私は銭失いでほとんど訪問客のいないウェブビジネスをやっている: www.highmoonoon.com  私についての詳細はインターネットの www.google.com から "John Solt" で検索されたい。だが三カ所、見過ごせない誤謬がある: キリスト教宣教師がずるがしこく私の名前で行けてしまうことと、私の訳書である北園克衛「Glass Beret(ガラスのベレー)」が「Green Beret(グリーンベレー特殊陸軍部隊員)」と載せられていること、そして、 www.amazon.com では、私の著書「Shredding the Tapestry of Meaning: The Poetry and Poetics of Kitasono Katue(意味のつづれ織りを破砕する:北園克衛の詩と詩論)」(ハーバードアジアセンター1999)が、ばかげたことに「フェミニスト神学」を主題として含んでいることとなっている。でもいいのだ。見えないサイバー狼どもが私のアイデンティティをかきむしるとしても。なぜなら、どんな自己解釈もまったくもって幻想だからだ。

中ザワヒデキより
- 7月6日までレントゲンヴェルケ(吉祥寺)でグループ展「ignition」。
- 7月24日に美學校の「方法主義宣言」最終講義で中ザワ・松井・足立の共作「方法カクテル」再演(1500円)。
- 8月1日に北海道立函館美術館でワークショップ「ひらがなメロディ(五十音モノフォニー)の制作と演奏」。
- 7月にプリントハウスOMからリトグラフ集「209個の同一文字第一番〜第五番」刊行予定。テキスト:千葉成夫
- 9月にウィンズギャラリー(吉祥寺)で一日のみのイヴェント「WINDS CAFE」。
- 10月にサイギャラリー(大阪)で個展予定。
- 詳細ならびに他の情報は http://aloalo.co.jp/nakazawa/

松井茂より
-「量子詩?」を水牛に寄稿。 http://www.ne.jp/asahi/suigyu/suigyu21/
- マラソン・リーディングに出演。7月6日 http://nakuya.com/mr.html

三輪眞弘より
- 7月21日 ICCにてプレゼンテーションならびに「トランペットとピアノのためのSendMail v3」初演 (NTT InterCommunication Center) http://www.ntticc.or.jp/Calendar/2002/Art_Bit_Collection/index_j.html
- 8月2-5日 隠岐島、「隠岐ミュージックセミナーin 海士」にて「混声合唱のためのまたりさまCPU」世界初演
- 8月21-24日 DSPサマースクール2002に出没 http://dspss.iamas.ac.jp/
- 8月25日 メディアアートフェスティバル200にて「トランペットとピアノのためのSendMail v3」演奏 http://1106.suac.net/MAF2002/

「方法」より
- 篠原資明氏が4月27日の産経新聞夕刊と現代詩手帖6月号に、方法主義や第二回方法芸術祭について書いてくださいました。
- 既刊号 http://aloalo.co.jp/nakazawa/method/index_e.html
第14号までのゲスト:篠原資明、古屋俊彦、三輪眞弘、建畠晢、岡崎乾二郎、鈴木治行、石井辰彦、松澤宥、高橋悠治、田名部信、豊島重之、刀根康尚、豊嶋康子、クラーレンス・バルロー。
- 本誌の購読申し込みは、同人までご連絡ください。
- 「方法」の活動を手伝ってくださるボランティアを募集しています。


編集後記:
詩は爆弾である。詩はあなたの生活を阻害するテロリズムでなくてはならない。常々思っていたことだが、国際詩の現状を考え、改めて声を大にして言いたい。快楽を追究する表記法ではなく、戒律を重んじた厳格な表記法を探らねば、詩に未来は無い。方法詩人の仕事はまだまだある。(SM)

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隔月機関誌「方法」第15号 2002年7月3日発行
発行:中ザワヒデキ、松井茂、三輪眞弘
nakazawa@aloalo.co.jp http://aloalo.co.jp/nakazawa/
shigeru@td5.so-net.ne.jp http://www11.u-page.so-net.ne.jp/td5/shigeru/
mmiwa@iamas.ac.jp http://www.iamas.ac.jp/~mmiwa/

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