UP DATE:2001.8.1
 
人ひとりひとりに多種多様な趣味・嗜好 たわいもない小さな好みの話の中に 心棒となる哲学や思想が息づいていることも… どんなところがスキなのかキライなのか? お話いただいた方の心の内が、ほのかに感じられる 息抜きエッセイをお送りします。

  マオマオネット インタビュー第12弾
中ザワヒデキ Hideki Nakazawa
スキなものもキライなものも、“整然”という美術家の中ザワヒデキさん。その裏には、どんな思索がかくされているのでしょう?  「バカCG」と表された感性重視のイラストレーションから一転、偶然性を排除したコンセプチュアルなものづくりに徹して、純粋美術の世界へ。数え切れない書物に囲まれた混沌としたアトリエで、理論の世界に空いた穴を埋めるべく、整然と理論を追究する中ザワさんデス。

text by ohka matsuura


整然
自分の“好み”で動くのは “整然”から最も遠い、恥ずかしいこと

 

 

 “整然”としたものがスキなんですよ。例えば、整数、1、2、3、4、5、6…などが例にあげられると思いますが、きちんと数えられ、過不足なく余ったりもせず、混沌な状態などなく、きちんと数で支配できるような状態が好きなんです。偶然をヨシとするような状況は、あまり好きではありません。少なくとも自分が世に出していく作品に関しては、偶然の要素を排した、理由のあるものだけにしたいと思っています。

 混沌としているように思える“自然現象”も、本当は、実に理路整然とした“数の世界”なんです。例えば、結晶がそうですし、天体の動きもそう。植物などは、新芽などを見ればわかるとおり、非常に整然と一定の規則性にのっとって芽吹く。「宇宙の根源は数である」としたピタゴラス学派も同じようなことを言っていますが、そのような自然の摂理をみていれば世の中は“数”だということになりますよね。

 「数える」ことは言い換えると「名付ける」ということなんですが、名付けることによって支配できる、というのが言語学で言われていることなんです。理論が具現化する世界では、名付けることによって、はじめて言葉の体系に持ち込むことができ、それによって名付けられた物同士が関係性をもてる。その関係性が言語世界といえるのですが、その名付ける行為だけを純粋にとりだし、抽象化したのが「数える=番号を打つ」ということなんです。

 実は、僕の作品は1990年と1997年の二回にわたって大きく変わっているんですが、それ以前は感性的でイラスト的な絵を描いていました。理論化され得ないものがあるからこそ絵の具を言葉として使うんだ、という意識で描いていたんですね。80年代のポストモダン的な考え方に“理論はもう限界だ、あり得ない”という理論批判の風潮があって、僕もかぶっていたと思います。でも、だんだんと、つまらならなくなってきたんですよ。そして、商業イラストを経た後、理論の世界にはまだまだ埋められていない穴が沢山あいていて、まったく追求されていない分野がある、と自分には見えたんです。もっと、整然としたものをキチンと見たい! という欲求こそ、僕が「理論に徹してみよう」と思ったきっかけでした。

 ですから、美術作品として“見られる”作品になってはいるんですが、その作り方のレシピだけでも「作品」になると思っています。理路整然とした方法を常にあてはめ、いつでも申し開きができる。偶然にはのっとらず、いつでも再現できるということを目指しています。

 僕の描くビットマップ絵画は、画素から生理的な色彩を排除して、そこに文字をはめこんでいます。赤や黄色のドット一つ一つを文字に置き換えても、ドット絵の構造は保たれるはずで、生理的色彩画素に頼らないビットマップ絵画というものがつくれるはずだ、と思ってつくってみました。ただ、文字は一定の法則に基づいて並べられていますが、その法則性を言いたいわけではなく、偶然を排除する考え方を伝えたいんです。

 整然としたモノが好き、という概念で話を進めると、実は“スキ・キライ論議”は好きじゃあない。自分は、スキ・キライの感情で動くことはほとんどないし、実際あったとしても、できれば、そういうものは意図しないようにと心がけている。自分の“好み”で動くのは恥ずかしいことだという風にも思います。“好み”に支配された世界こそ、“整然”から最も遠い世界と言えるかもしれないですね。何事であれ、同じ理由でスキと言えるし、キライとも言える。人は、状況に応じて、スキと言ったりキライと言ってみたり、一人の人格のなかに相いれないものが多重人格的に存在するものだと思っているので、こういう考え方を“整然”と明らかにしていきたいと思っているわけです。

 

整然
整数だけを特権化することこそ 憎まれなければならない発想だ


 

 

 “整然”としたものがキライなんですよ。例えば、整数、1、2、3、4、5、6…などが例にあげられると思いますが、きちんと数えられ、過不足なく余ったりもせず、整然としきった状態など、この世にあるんでしょうか? きちんと“数”で支配しよう、などという考え方こそが大嫌いなんです。僕は、あらゆる偶然をヨシとしたいんですよ。少なくとも自分が世に出していく作品に関して、偶然は不可欠ですし、理由づけされないものだってアリだと思っているんです。

 整然としているように思える“自然現象”も、本当は、実に混沌とした“カオスの世界”なんです。例えば、“結晶”は整然としている、なんて思うかもしれませんが、結晶というのは必ず不純物から出発している。真の結晶なんて、自然界にはありえないんです。それに、植物一本一本の成り立ちが規則的なように見えたとしも、全体では混沌としたカオスと呼ばれる状態になっている。カオスの状態は、フラクタルな状態から生まれていて、フラクタルが整数から出発したとしても、整数で区切ったグリットである1と2の間、そのまた間…というのものが問題になっていくのがフラクタル(自己相似)ですから、いずれ整数ではなくなるんですよ。自然界こそ、まったくもって曖昧で、“混沌とした世界”なのです。

 ですから、整数なんていうのは、数字が無限につづくなかの一部分でしかない。なのに整数だけをとりだし、特権化しようとすることこそ、憎まれなければならない発想です。実数は、ルート2であるとかπであるとかの特殊な無理数を除いても、ほとんど無理数なわけで、その中のごく少数派として、有理数があったり、整数があったりするだけの話です。その中の、整数だけを取り出そうとすることこそ、政治的な発想だと思いますね。
 世の中すべてが整然とし、目の前の世界がきちんと片づいているなんて、自然界にはありえないことです。やはり、人も自然に帰らなくてはならないと考えていますから、理論にもとづいて行動しようなんてことは、明らかに間違った考え方ですね。

 僕の描くビットマップ絵画は、画素から生理的な色彩を排除して、文字をはめこんでいます。赤や黄色のドット一つ一つを文字に置き換えても、ドット絵の構造は保たれるはずで、生理的色彩画素に頼らないビットマップ絵画というものがつくれるはずだ、と思ってつくってみました。でも、文字に置き換えたからといって、生理的なものが排除されることにはならないんですね。例えば「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」という文字を見れば「魑魅魍魎」という感じがするわけで、まったく生理的なモノなど消えてないわけです。個々の文字から立ち現れる、個人の記憶という計り知れないものがあって、そういう曖昧な気配のようなものにこそ着目して欲しいですね。第一、法則を使っていると言ったって、その法則を使うことに恣意があるし、そこに偶然があり、予想し得ない結果があるわけなんですから。

 整然としているのが、キライっていうのは、つまり言い換えると、世の中ではっきりしているのはスキ・キライの感情しかないってコトではないでしょうか? 整然とした政治自体がキライだし、上から押さえつけられるみたいなのが一番嫌いです。整然とした理論なんてことに頓着する必要なんてないんですよ。世の中を決定する、自分が信じられるモノって、自分が何かをスキとかキライと感じる、そんな原始的な発想だけしかないんじゃないですか?


 今より10歳くらい歳をとっていると思います。体型的な変化としては、10パーセントくらい大きくなっていたりはしないでしょうね。それとも、お腹などは出っ張ってくるんでしょうか…。

 僕個人の変遷史をいうと、なぜか7年周期なんですよ。83年に、初めて“中ザワヒデキ”というカタカタの名前にして、イラストと美術のどっちつかずの絵を7年間描いた後、90年からはCGイラストレーションを描き始め、バカCGと呼ばれたりしてたんです。また7年経った頃、「これではイカン!」と思い、97年から今の作風になりました。

 7年ごとに変わるたび、虻蜂取らずな思いをしているんですが(笑) 変わるときには、積み立てていって、「これもできるよ」ということではなく、今までの自分を全否定するカタチで変えていたので、まったくのゼロから出発。いつでも「僕は今から始める新米だ!」みたいな気持でしたね。さすがに、97年に、今の作風でやり始めたときには、自分もトシだし、変えるのはもう最後にしたいという思いがあったんです。

 7年後に自分を壊す、というプログラムがまた作動してしまうとすると、僕は2004年くらいに「これじゃイカン!」というコトにですね、なっているんですけど(笑) 今回はそういうことのないようにと一応頑張ってはいるんで、10年後は、今やっていることの延長でありたいという希望はあります。美術家として断絶したくないと思っています。

 でも、それ以前にイラストと美術の境目のどっちでもないところがおもしろいと思ったり、次に商業に徹してイラストレーターになろうと思ったりして、やっていたコトというのは、全部、“美術家”の裏返しだったんですね。アートというものに対する批判もあったと思います。という具合に、最も気にしていた“美術家”を名乗ることができたのが97年だった、ということですね、自称ですけど。そのままの自称をつづけていきたいと思っています。(2001年7月)

 

Hideki Nakazawa's Works

朝顔が咲く時間 1984
大ボケツ第一番 1990


社長の春 1993
デジタルネンド 1996


二九字二九行の文字座標型絵画第一番 1997
二九字二九行の文字座標型絵画第二番 1997

768個の変曲点のある単一曲線 1997
三五目三五路の盤上布石絵画第一番 1999

153個の分銅から成る2380グラム(質量第一番) 2001

方法舞踊第一番 2000-2001

 

○中ザワヒデキ Hideki Nakazawa
 1963年生まれ。美術家。千葉大学医学部を卒業し、数年間眼科医として勤務したが、26歳の時、学生時代から追求していた美術の道に復帰。その際、純粋美術ではなく商業イラストレーションを選んだ。初期のコンピュータ・グラフィックスにポップ感覚を導入、チープさが「バカCG」と面白がられたほか、CD-ROM制作などにも才能を発揮。しかし1997年には純粋美術家に転じ、文字や囲碁による論理的な作品を立て続けに発表。2000年には詩人、音楽家の立会で『方法絵画、方法詩、方法音楽(方法主義宣言)』を宣言、以来、電子メール機関誌『方法』を主宰している。著書には、医師時代に著したオール手書きの『近代美術史テキスト』(トムズボックス)がある。また、『三次元グラフィックス編集装置』『造形装置および方法』の特許を日本と米国で取得している。1990年以降多くの雑誌に原稿を書いているが、活字による単行本は本書が初めて。
(2001年NTT出版刊『西洋画人列伝』著者紹介プロフィールより)
URL = http://www.aloalo.co.jp/nakazawa/



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